2014年12月09日

現代日本に甦る美濃部達吉の遺言-立憲議院内閣制の理想型

 伊藤博文ら大日本帝國憲法原案起草者は、憲法の改悪に伴う国体の毀損を未然に防止するために、憲法には帝國政治の大綱のみを明示し、それ以外の細目は憲法に付随する法律と勅令に譲り、我が国が法律と勅令を変更することにより憲法の改正を待つことなく国運の発展と時代の変化に即応するための伸縮自在の運用性(フレキシビリティ)を帝國憲法に持たせ、できるだけ憲法改正が不必要になるように努めた。

 だから帝國憲法は内閣総理大臣を含めた國務大臣の就任資格を明示していない。そこで帝國憲法の施行後、明治維新の元勲から成る元老会議が帝國議会の内外から内閣総理大臣候補を選定して天皇に奏薦し、最後の元老である西園寺公望の晩年すなわち昭和十二年六月の第一次近衛内閣の発足時からは、常侍輔弼の内大臣と内閣総理大臣の経験者らから成る重臣会議が奏薦の任に当った(山崎丹照著/内閣制度の研究297~326ページ内閣の首班奏薦の方式)。

 この慣行は憲法違反ではないとはいうものの、帝國憲法に規定されていない組織の元老会議と重臣会議が内閣総理大臣候補の奏薦を行っていたことは、やはり立憲政治において好ましくなかった。

 また朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実の同志であった近衛文麿は、我が国の立憲自由主義的議会制デモクラシーを破壊しながら支那事変を拡大長期化させ我が国を対米英戦争へ追いやった日本憲政史上最凶の総理大臣であった(近衛文麿の戦争責任)にもかかわらず、第三次近衛内閣の総辞職後も重臣の一人として新しい内閣総理大臣の選定と奏薦に関与し続けた。これが我が国の針路を誤らせた。

 これは、あたかも憲政史上最低の内閣総理大臣となったルーピーこと鳩山由紀夫が鳩山内閣の退陣後も延々と政界の重鎮として新総理大臣の選定に大きな影響力を及ぼし続けることに等しい、我が国の大失態であった。

 しかし我が国がこの政治的な大失態の再発を防止するためには、帝國憲法を改正して憲法に議院内閣制を明示する必要は無かった。立憲政治に好ましくない帝國憲法の運用を改めれば充分であった。すなわち重臣会議に代わり帝國議会衆貴両院が各々上奏権(帝國憲法第四十九條)を活用して内閣総理大臣候補を天皇に奏薦すれば良かったのである。続きを読む
posted by 森羅万象の歴史家 at 22:00| 大日本帝国憲法の真髄 | 更新情報をチェックする

最悪の本末転倒-最高法規の法的安定性を破壊する日本国憲法有効論

 法理の筋を貫き通す日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)論を批判している違憲有効界改憲派には、「本筋に戻す」という改革(リフォーム)の精神が欠落している。だから彼等の改憲論は必ず失敗し、後世に禍根を残す。それは火を見るより明らかである。

 日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)論を我が国から消去する日本国憲法有効論は唯一つしかない。それは合憲有効論である。

 合憲有効論とは、帝國憲法の改正という形式を採った日本国憲法の制定過程に全く瑕疵がなく、日本国憲法の制定時期、制定手続、内容が帝國憲法に照らして合憲であるから日本国憲法は有効であるという法理論である。

 しかし合憲有効論は全く成り立たない。日本国憲法の制定時期、制定手続、内容はすべて帝國憲法(憲法発布勅語、第73条、第75条)に違反していた(占領憲法の正體参照)。

 それなのに占領軍に媚び諂った憲法学者とその弟子どもがサンフランシスコ講和条約の発効後から今日に至るまで、帝國憲法違反の日本国憲法を無理やり有効と言いくるめているから、無理が通れば道理が引っ込むのたとえ通り、彼等の違憲有効界では、虚偽に虚偽を重ねる八月革命説が有効論の通説になってしまったように、真実が死滅しているのである。続きを読む
posted by 森羅万象の歴史家 at 19:57| 日本国憲法の正体 | 更新情報をチェックする