2015年01月02日

伊藤博文演説集-大日本帝國憲法とフェデラリスト

 筆者は、国民のための大東亜戦争正統抄史1928-56の95、戦後民主主義の本質の中で、大日本帝國憲法制定史の秘話について以下のように書いた。

 明治天皇の詔命を奉じ、金子堅太郎、井上毅、伊東巳代治を統率して帝国憲法原案を起草した伊藤博文の愛読書は、明治三年に政況および財政調査のためにアメリカを訪問した伊藤に、当時のアメリカ国務長官ハミルトン・フィッシュが贈与したアメリカ合衆国憲法のコメンタリー(解釈書)「ザ・フェデラリスト」(一七八七年刊行)であった。伊藤博文は明治三年以来、このアメリカの古典的名著に依拠して憲法を研究し、彼ら四人が帝国憲法原案を起草していた時はもとより、明治二十一年から始まった枢密院帝国憲法制定会議の際にも、伊藤はフェデラリストを常に自分の座右に置いて何か問題が生じる度にこれを繰り返し読み、帝国憲法の制定に尽力したのであった。

 帝国憲法の精緻な権力均衡分立主義と、デモクラシー(大衆参加政治)の暴走と諸悪から皇室と一般国民を含む国家を救済する帝国議会二院制は、アメリカの立憲議会制デモクラシーの起源であるフェデラリストの著者たち即ちアメリカ合衆国憲法の制定に尽力したアレクサンダー・ハミルントン、ジョン・ジェイ、ジェイムズ・マディソンの思想を受け継いだものである云々。


 以上の記述は「憲法制定と欧米人の評論」(金子堅太郎著/日本青年館、一九三八年版)に依拠しているのだが、帝國憲法の施行から約半世紀後に金子が発表した回想録は、果たして本当に真実なのだろうか。

 これについて筆者は一抹の不安と不信感を覚え、伊藤博文演説集 (講談社学術文庫)を読んでみたところ、金子の回想録を裏付ける第一次史料の実在を確認することができた。続きを読む
posted by 森羅万象の歴史家 at 17:00| 憲法学の名著と迷著 | 更新情報をチェックする