2015年01月07日

日本を愛したスタイン博士の遺言

 明治22年(1889年)7月21日、金子堅太郎は英訳の「憲法義解」数十部を携えて日本を出発し、欧米各国に向かった。金子は伊藤博文から、欧米の政治家および憲法学者に英訳の憲法義解を贈与し、彼らの忌憚なき意見を徴して帰國せよ、と命じられていた。

 金子はオーストリアを訪問した際に、伊藤の恩師である歴史法学の泰斗スタイン博士を訪問した。病魔に冒されていたスタインは医師の命令により来客を謝絶していたが、金子がスタインの愛する日本國の賓客にして憲法施行準備のためにオーストリアに来たことを聞き、医師の命令に背いて、金子と面談し、日本國のために助言した。続きを読む
posted by 森羅万象の歴史家 at 21:00| 憲政史の真相 | 更新情報をチェックする