2015年05月02日

立憲政治の模範国イギリスにあったCommentaries on the constitution of the Empire of Japan

 伊藤博文著憲法義解は、比較憲法学の成果にして歴史憲法学の結晶である。憲法義解の発刊形式こそ伊藤の私著であるが、その内容たるや明治天皇が御臨席された枢密院帝國憲法制定会議によって審議され修正され可決された大日本帝國憲法のコメンタリー(解釈書)である。金子堅太郎から憲法義解の英訳を贈られたスタイン(伊藤の師)やオリバー・ウェンデル・ホームズJr(金子の師)、ハーバート・スペンサーなど欧米の碩学は帝國憲法を絶賛した。

 筆者は憲法義解中の難解な漢熟語の文意と帝國憲法各條項の立法趣旨を精確に把握するために、憲法義解の英訳Commentaries on the constitution of the Empire of Japan / by Marquis Hirobumi Itō ; translated by Baron Miyoji Itō/2nd ed/Chū-ō Daigaku (Central University)/1906 の古本を探していたら、なんとイギリスの出版社が2014年にペーパ-バックとしてCommentaries on the Constitution of the Empire of Japan (39. Year of Meiji)を復刊していた。

 筆者は狂喜乱舞して早速これを購入した。出版社の復刊作業と印刷技術は粗略だが、これは間違いなく憲法義解の英訳である。

 エドマンド・バークの指摘どおり、フランス暴力革命がフランスに大虐殺と大混乱をもたらした後、19世紀のイギリスは立憲政治の模範国となりヨーロッパ各国及び我が日本国に多大な影響を与えた。

 その論旨は、普く英國政治の沿革史を渉猟し、従来の改進党が確守する所の政略は着実適切にして今の所謂改進党の如く空論に誘惑せられ急劇の挙動を以て政治を改革せんと企つるものの類に非ず。今の改進党が仏國の革命を賞讃するが如きは是れ啻に黄泉の下にある改進党たりし祖先の遺業を遵守せざるのみならず実に英國憲法を破壊するものなりといえり。

 その言や慇懃反覆一字一涙誠忠文面に顕われ且つ身を以て國に任じ盛暑の炎熱を厭わず冱寒の凛冽を畏れず日夜奔走し鞅掌尽力至らざるなきを以て、遂に英國人民の迷夢を警醒(ケイセイ-警告して迷いを覚まさせる)し、全國の政治家をして「ボルク」の論説に循うこと水の低きに就くが如くならしめ、大廈を未だ傾覆せざるに支え、狂瀾を未だ頽倒せざるに回し、仏國革命の毒気をして英國の邦土に侵入せしめず以て英國の憲法を千百歳の後に維持し今に至るまで確固不抜の地位を保ち英國帝王をして殆んど五大州裏に君臨たらしむるの形勢をなし、宇内の政治家をして常に英國の政体を称して真正の立憲政体なりと賞讃し往々その模範に倣い政体を改良せんと欲するに至らしめたるものは是れ将た誰の功ぞや。

 全く「ボルク」の一身を以て天下の犠牲と為し英國の安危を以て己の任となして鞠躬尽力せしに因ると云うもまた溢言にあらざるべし。

 蓋し「ルーソー」の政治論たるや当時仏國人民が永く君主圧制の下に苦しめられたるを翹げて乱を思うの機会に投じ自己の声望を得んと欲して主唱せしものなれば、その説新奇なるも一己の空論にして政治の実際に適用すること能わざるものなり。

 故に千七百年代に於ては一時宇内の人心を撹乱するの勢力を逞しうせしも、急進過激の迷夢は千七百年代の歳月と共に経過消散して現今千八百年代に至ては、欧米の政治家は古今の事蹟を竝観対比し秩序を逐い(オイ-追い)次第に進み因て以て政機を運転するにあらざれば、政治を改良し國民をして開明の域に進達せしむること能わざるを悟り、常人といえども多くは「ルーソー」の政論は空中架楼の論説にして啻に(タダニ-単に)政治の実際に適用すること能わざるのみならず大いに社会を擾乱せしものなることを覚知せり(フランス革命の省察の邦訳-政治論略/金子堅太郎著/元老院/1881年11月初版発行)。


 2015年イギリスはマグナ・カルタの制定(1215年)から800周年を迎えた。さすがイギリスは立憲君主議会制デモクラシーの母国だけあって、今なおイギリスの出版社は憲法研究の参考資料として憲法義解の英訳を復刊するのである。続きを読む
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イギリス法に由来する帝國憲法五十五條の大臣と責任(ダイシー)

 伊藤博文が枢密院帝國憲法制定會議に提出した帝國憲法原案附屬資料の第五十六條「參照」に拠ると、大日本帝國憲法義解第五十五條解説にある一節「蓋し國務大臣は内外を貫流する王命の溝渠なり」は、ダイシーの著作からの引用文であり、イギリスの慣習法に由来している。続きを読む
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