2014年03月07日

小林よしのりの欺瞞−天照大神は男系(父系)の女神

 皇室典範は皇位継承の法(ルール)であるから、当然のこととして神武天皇以降に自生的に形成された皇位継承に関する慣習に拠っている。皇祖神である天照大神が女神であることは皇位継承のルールと無関係である。

 だから女系天皇を容認する根拠として天照大神が女神であることを持ち出した田中卓や小林よしのりは、皇位継承の慣習を知らないのか、井上毅の皇室典範義解を読んだことがないのではないのか。筆者はそのように漠然と考えていたら、何と帝国憲法擁護派の憲法学者である小森義峯教授も「正統憲法復元改正への道標」に同じことを書いているのだから、事態は深刻である。

 井上毅をはじめ、旧皇室典範の成立に携わった者は頻りに「男系が古来の伝統」と主張するが、皇祖天照大神は、記紀によれば、女性(女神)なのだから、日本の皇室は、その原点において、すでに「女系」であることを忘れてはならない(正統憲法復元改正への道標103〜104ページ)。

 もし女神の天照大神が、人間の男と契りを結んだ女神の子でありながら、人間ではなく天津神になったというなら、天照大神は女系(母系)の女神だといえるだろう。しかし天照大神は男神の伊弉諾尊の汚れた左眼から誕生したのだから男系(父系)の女神である。

日本書紀−黄泉の国

 その後、伊弉諾尊(いざなきのみこと)は伊弉冉尊(いざなみのみこと)を追いかけて、黄泉の国まで行って話し合われた。そのとき伊弉冉尊がいわれるのに

「わが夫の尊よ、いらっしゃるのがなんとも遅すぎました。私はもう黄泉の国の食物を食べてしまいました。そして私はもう寝ようとするところです。どうか寝姿を見ないで下さい」と。

 伊弉諾尊は聞き入れられないで、こっそりと爪櫛をとってその端の太い歯を欠き、手灯として見ると、膿が流れ、うじが湧いていた(中略)。

 このとき伊弉諾尊は大いに驚いていわれるのに、「私は思いがけぬひどい汚い国にやってきた」といって急いで逃げて帰られた(中略)。

 伊弉諾尊が帰られて悔いていわれるのに、「私はさきにひどく汚い所に行ってきた。だから私の体の汚れたところを洗い流そう」と出かけて、筑紫の日向の川の落ち口の、橘の檍原に行かれて、禊ぎはらいをされた(中略)。

 それから後、左の眼を洗われると、お生まれになった神を、天照大神(あまてらすおおみかみ)という。また右の眼を洗われると、お生まれになった神を、名付けて月読尊(つくよみのみこと)という。また鼻を洗われるとお生まれになった神を、名づけて素戔嗚尊(すさのおのみこと)という。みなで三柱の神である。

 伊弉諾尊が三柱の子に、任命されていわれるのに、

「天照大神は高天原を治めなさい。月読尊は青海原の潮流を治めなさい。素戔嗚尊は天下を治めなさい」と。

 このとき素戔嗚尊は年も長け、長い髭が伸びていた。けれども、天下を治められなくて、いつも泣き恨んでおられた。そこで伊弉諾尊が尋ねていわれるのに、

「お前はなぜいつもこんなに泣いているのか」と。

(素戔嗚尊が)答えていわれるのに、

「私は母について根の国に行きたいと思ってただ泣くのです」と。

 伊弉諾尊はにくんでいわれるのに、「望み通りしないさい」といって追いやられた(日本書紀(上)全現代語訳30ページ)。


 さらに女神の天照大神が人間の男性と契りを結び男の子を生んだが、その男の子はやはり人間ではなく天津神になったというなら、その男の子は女系(母系)の男神であろう。しかし天照大神の子になった正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊は男神の素戔嗚尊が生んだのだから、男系(父系)の男神である。

日本書紀−素戔嗚尊の誓約

 ここで素戔嗚尊が申し上げられた。

「私は今ご命令に従って、根の国に参ろうとします。そこで高天原に参って、姉にお目にかかり、お別れをしていきたいと思います」と。

 伊弉諾尊は「よかろう」と仰せられたので天に昇られた(中略)。はじめ素戔嗚尊が天に昇られる時、大海もとどろき渡り、山岳も鳴りひびいた。これはその性質が猛々しいからである。

 天照大神は、もとからその神の荒くよからぬことをご存知で、やってくる様子をごらんになると、顔色を変えて驚かれ、「わが弟がやってくるのは、きっと善い心ではないだろう。思うにきっと国を奪おうとする志があるのだろう。父母はそれぞれのこどもたちに命じてそれぞれの境を設けられた。何で自分の行くべき国を棄てておいて、わざわざこんな所に来るのか」といわれ、髪を結い上げてみずらとし、裾をからげて袴とし、大きな玉を沢山緒に貫いたものを、髪や腕に巻きつけ、背には矢入れ、腕には、立派な高鞆をつけ、弓弭を振り立て、剣の柄を握りしめ、地面をも踏みぬいて、土を雪のように踏み散らし、勇猛な振舞いと厳しい言葉で、素戔嗚尊を激しく詰問された。

 素戔嗚尊が答えていわれるのに、

「私ははじめから汚い心はありませぬ。ただすでに父母の厳命があって、まっすぐ根の国に行くつもりです。ただ姉上にお目にかかりたかっただけです。それに雲霧を踏み分けて、遠くからやってきました。思いがけないことです。姉上の厳しいお顔にお会いするとは」と。

 すると天照大神がまた尋ねられ、

「もしそれなら、お前の赤い心を何で証明するのか」と。

(素戔嗚尊が)答えていわれる。

「どうか姉上と共に誓約しましょう。誓約の中に必ず子を生むことを入れましょう。もし私の生んだ子が女だったら、汚い心があると思って下さい。もし男だったら清い心があるとして下さい」と。

 そこで天照大神は、素戔嗚尊の十握の剣を借りて三つに折って、天の真名井で振りすすいで、カリカリと噛んで吹き出し、そのこまかい霧から生まれ出た神を名づけて田心姫(たこりひめ)といった。次に湍津姫(たぎつひめ)。次に市杵嶋姫(いつきしまひめ)。皆で三柱の神である。

 素戔嗚尊は天照大神がみずらと腕に巻いておられた八坂瓊の五百箇の御統(みすまる)を乞われて、天の真名井で振りすすぎ、カリカリ噛んで噴き出し、そのこまかい霧から生まれた神を、名づけて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)という(中略)。皆で五柱の男神である。

 このとき天照大神がおっしゃるに、

「その元を尋ねれば、八坂瓊の五百箇の御統は私の物である。だからこの五柱の神は全部私の子である」と。

(天照大神が)そこで引き取って養われた。またいわれるのに、

「その十握の剣は、素戔嗚尊のものである。だからこの三柱の神はことごとくお前の子である」と。

 そして素戔嗚尊に授けられた。これが筑紫の胸肩君らがまつる神である(日本書紀(上)全現代語訳36ページ)。


 天照大神は、弟の素戔嗚尊が生んだ五柱の男神を引き取り自分の養子として育てたのであって、天照大神の子となった正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の実父は、男神の素戔嗚尊なのである。このことは「素戔嗚尊の誓約」の一書(第三)と「天の岩屋」の一書(第三)によってより鮮明にされている。

(素戔嗚尊の誓約の)一書(第三)にいう。日神が素戔嗚尊と、天安河を隔てて、向かい合って誓約していわれるのに、

「お前がもし悪い心がないならば、お前の生む子はきっと男性だろう。もし男を生んだら私の子どもとして、高天原を治めさせようと」と(中略)。

 さて素戔嗚尊がその左のもとどりにまかれた五百箇の統(みすまる)の瓊(たま)を口に含んで、左の掌の中において、男神を生まれた。そして口上をいって、

「今こそ私が勝ちました」と。

 そこでこの言葉によって名づけて勝速日天忍穂耳尊という(中略)。そのように素戔嗚尊の生んだ子は皆男神である。それで日神は、素戔嗚尊がはじめから赤き心であることを理解されて、その六柱の男神をとって、日神の子として高天原を治めさせた(日本書紀上巻39ページ)。


(天の岩屋の)一書(第三)にいう(中略)。日神がいわれるのに、

「わが弟のやってくるわけは、また良い心からではなかろう。きっとわが国を奪おうというのだろう。私は女であっても、逃げ隠れせぬから」と。

 そして身に武備を装い−云々と。そこで素戔嗚尊は誓約していわれるのに、「私がもし良くない心で上がってくるのだったら、私がいま玉を噛んで生む子はきっと女でしょう。そうだったら、女を葦原中国に降ろして下さい。もし清い心だったら、きっと男の子でしょう。そうだったら、男に天上を治めさせて下さい。また姉が生まれた子も、同じ誓約に従いましょう」と(中略)。

 素戔嗚尊は、ぐるぐると、その左のもとどりにまいていた、五百箇の統の瓊(沢山の玉を緒に通したもの)の緒を解いて、玉の音をじゃらじゃらと、天の渟名井ですすぎ洗い、その玉の端を噛んで左の掌において、生まれた子が、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊である(中略)。

 ここで素戔嗚尊は、日神に申し上げられるのに、

「私がまたやってきましたのは、神々が私の根の国行きを決めたので、今から行こうとするのです。もし姉にお目にかからなかったら、こらえ別れることもできないでしょう。本当に清い心をもってまた参上したのです。もうお目にかかる最後です。神々のみ心のままに、今から永く根の国に参ります。どうか姉君、天上界を治められて、平安であられますよう。また私が清い心で生んだ子どもを、姉上に奉ります」と。

 そして帰っていかれた(日本書紀(上)全現代語訳46ページ)。


 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の名前(古事記では正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊)には、素戔嗚尊が自分に汚い心がない証として誓約どおりに男子(天忍穂耳尊以下五神ないし六神)を生んだ際に、天照大神に対して叫んだ勝利宣言「正しく勝ったぞ、吾(われ)が勝ったぞ、速く勝ったぞ!」が刻まれているのである

 そして正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊が高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘の栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)を娶り、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこににぎのみこと)を生み、高天原から日向の高千穂に降臨した瓊瓊杵尊の曾孫が神武天皇だから、実の皇祖神は男神の素戔嗚尊なのである。

【現皇室の神話上の先祖】

今上天皇⇒(中略)⇒神武天皇(かむやまといわれびこのみこと)⇒ウガヤフキアエズノミコト⇒彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと、山幸彦)⇒天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこににぎのみこと、天孫降臨神)⇒正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)⇒素戔嗚尊(実父)と天照大神(養母)⇒伊弉諾尊(いざなきのみこと)

 だから日本の皇室は、その原点において、すでに「男系」なのである。日本書紀の神話に拠る以上の論理展開が荒唐無稽でナンセンスならば、田中卓、小林よしのり、小森義峯の主張は、もっと荒唐無稽でナンセンスであり、かつ卑劣である。

 彼らは日本の神話に拠りながら、父系女神の天照大神が皇祖神である所以すなわち素戔嗚尊が天照大神と交わした誓約(うけい)を読者に紹介しないからである

 それは、筆者をはじめ戦後生まれの日本人が日本の神話と古代史に疎くなっていることに付け込む悪質な印象操作−旧宮家が明治天皇と昭和天皇の御子孫にあたることを小泉純一郎の有識者会議が隠蔽したことと同じ虚報の詐術であると言わずして何というのか。
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posted by 森羅万象の歴史家 at 05:00| 政治の全般 | 更新情報をチェックする