2014年03月08日

本当は怖い日本国憲法の話−30年前の予言書が指摘する日本の危機

 1980年に刊行された「ソビエト帝国の崩壊」は、ソ連の崩壊から20年経った今日の日本においても、依然として日本の児童生徒学生が必ず読まなければならない警世の書である。

 レーニンの「国家と革命」がマルクスの詐術を指摘しているのに、日教組に代表される反日左翼勢力が跳梁跋扈し日本の子供の頭脳を破壊しているからである。

ソビエト帝国の崩壊(小室直樹著/光文社、1980年初版発行)の目次

3 日本を滅ぼす平和・中立の虚構 

国家の行動原理には二つのものがある 
アフガン事件の責任はアメリカにある 
先制降伏をとなえる日本の防衛論の低次元ぶり
一億総木っ端役人化現象が日本をあやまらせる
天皇、総理、国会の連絡がとだえると、日本は国家でなくなる 
自衛隊が警察によってコントロールされているのは問題だ 
外務省は首相から独立している必要がある 
日本人だけが知らない戦闘のルール 
戦争法規を知らないと、戦闘をしないこともできない 
日本がこれ以上強くなると、アメリカが黙っていない 
非武装中立なんてありえない 
中立政策はフィンランドに学べ 
今もはびこる念力主義 戦争こそ、
もっとも合理的な国際問題の解決法 

 国際法といっても、平時と戦時とでは、それぞれ違った法秩序が支配している。戦争の発生、戦争の終結などはすべて、戦時国際法というルールにもとづくことになっている。

 その場合、まず重要なことは、国際法の主体は主権国家であり、その意思を形成し、対外的に主張するのは中央政府であるということだ。つまり、降伏しようにも戦争しようにも、その主体がなくなってしまえば、どうすることもできないわけだ。

 だから外国の場合、政府の首脳は地下の大きなシェルターにもぐることになっている。たとえ地上がめちゃくちゃに破壊されても、最悪の場合は地上に這い出してきて降伏することができるし、あるいは戦争継続することもできる。つまり、意思決定が可能なのだ。

 ところが日本では、まったくの雨ざらしで、壊滅した場合にはどうしようもない。最後まで必要なのは、そのような意思決定を可能にする物理的設備と、コミュニケーションの手段なのである。外部とのコミュニケーションの手段を持たなければ、意思決定しても伝えられない。降伏しようもないし、交渉することもできず、友好国と連係をとることも不可能だ。

 第二次大戦のときは、最後まで日本の大本営が健在であり、最悪の状態は免れた。そのことが日本人の頭にあるせいか、この次もそうなると思う込んでいるが、これは甘すぎるといわなければならない。太平洋戦争の時には手を打ち、信州の山中に設備をつくった。実際には必要なかったが、そのときですら、そうしたセンスがあったのである。

 戦後はそんなセンスはまったくない。これは恐るべきことだ。日本の外交当局や政府が水爆で蒸発してしまうことも、十分にありうるのにである。

<天皇、総理、国会の連絡がとだえると、日本は国家でなくなる> 

 次に重要なことは、中央政府の意思決定がはっきりせず、国家意思が形成されないと、国際法では、その国の存在は無視されてしまうということだ。

 日本の場合、はたして国家意思が正常に形成され、表明され、さらに一般国民の支持を得るような体制ができているかどうか、はなはだ疑問である。

 日本における最高の意思決定で、今の憲法上必要なのは、天皇、内閣総理大臣、国会の三つである。これが連絡できなければ意思決定はできない。つまり、憲法上では実際に何もできないといってよい。

 たとえば天皇の国事行為として、内閣の助言と承認によって議会を召集するということがある。ということは、内閣と天皇の連絡が断たれれば、議会の召集はできなくなってしまうのだ。

 内閣は召集の主体ではないから、内閣が勝手に召集するわけにはいかない。同じように天皇も内閣の助言と承認がなければ召集できないのである。

 つまり日本の場合はフランスとは異なり、代議士が集まっても議会にはならず、召集されてはじめて議会が成立するのである。日本では法的な手続きを完備する必要があるわけで、物理的に代議士が全部集まっても、それは代議士の集まりというだけで、国会ではないのだ。

 したがって、内閣と天皇の連絡が断たれただけで、日本の法的主体はあっという間に失われる。そうなった場合にどうするか。これは非常に重要な問題であるにもかかわらず、そうした規定は何もないし、ないことに気づいて、なんとかしなくてはならないという発想すら出てこない。

 戦前の日本では、こうした有事における国家の意思決定を可能にする緻密な構造ができていた。天皇の非常大権というものがあったために、議会がどうなろうと意思決定することができたのである。

 戒厳令があったのも、それゆえのことである。戒厳令は議会が破壊されたり、混乱したりしても、枢密院に対する諮問で発令することができた。しかも諮問だから、枢密院が機能しない事態になれば、天皇の非常大権で、みずからが意思決定することが可能だったのである。

 議会や枢密院が機能しなくても、法的には天皇が緊急措置をとることができるようになっていた。したがって戦前は、何がどうなろうと、天皇の意思決定によって何とかなったわけである。ところが現在はそれがない。

 さらに戦前の日本では、万が一にも、天皇の崩御などの場合でも、皇位継承順位というのがあって、自動的に即位ということになるから、意思決定が可能であった。ナンバー・ツーの皇太子から始まって、ずらりと決まっていたのである。

 その点、現在のアメリカよりも緻密であった。アメリカでは大統領の次に副大統領、下院議長、国務長官というように、十何番目まで順位が決まっている。そうした人たちが全部死に絶えない限り、アメリカ国家は最終的な意思決定ができるのだ。

 だが、現在の日本では総理大臣が急死し、副総理も続いて死去すれば、いったいどうなるのか、何の規定もない。要するに日本には中枢がないのである
ソビエト帝国の崩壊−瀕死のクマが世界であがく177〜180ページ)。


 小室直樹氏のソビエト帝国の崩壊は、1947年にGHQの圧迫によって皇籍離脱を余儀なくされた11宮家の皇族が担っていた重要な役割、日本国憲法が抱える致命的な欠陥、そしてそのいずれをも認識できなくなった戦後日本人の平和ボケ症候群を簡潔に指摘して余すところがない。

 我が国は帝国憲法起草の原則「伸縮自在フレキシビリティー」と危機克服能力を欠く占領憲法の下で本土決戦に等しい危険な専守防衛を国防の基本に据えているのだから、天皇の予備たる皇位継承権を持つ男系男子皇族の役割−非常時に国体を護持し憲法秩序を維持し無政府状態の発生を未然に防ぐこと−は戦前以上に重要になっており、旧宮家の皇室復帰は、ゲリラ・コマンドに対抗するための新型戦車TK−Xの配備や、F−4EJファントム戦闘機の後継機種の選定よりも遥かに重要かつ緊急を要する国防政策である。

 しかしソビエト帝国の崩壊―瀕死のクマが世界であがくの初版発行から30年以上の歳月が経った今日の我が国では、戦後日本の平和ボケ症候群はさらに進行して殆ど脳死状態に陥り、フジTVで愚劣にも「日本が北朝鮮から何発も何発もミサイルを受けてから反撃するかどうか考える」と公言したあの菅直人が国家戦略担当相となり、財務大臣となり遂に総理大臣になってしまった。

 脳死状態の者に、有事における国家の意思決定を可能にするアメリカより緻密な構造の再構築−帝国憲法復元改正の意義と旧宮家の復籍を訴えても、空しい努力かもしれない…。

 なぜ海自は帝国海軍と同じくシーレーン防衛能力ゼロ実戦能力ゼロなのか?

 占領憲法第76条に拘束される海上自衛隊の悲惨な現場レポ本当の潜水艦の戦い方−優れた用兵者が操る特異な艦種 が教えてくれる現実は、見えざるごと陰の如き海の伏兵−潜主防衛は可能でも専守防衛は不可能ということである

 国家権力の解剖−軍隊と警察との差異を理解すれば、占領憲法下の自衛隊は軍隊モドキの警察に過ぎず、有事の際には、隊紀維持能力と最高指揮官を喪失するのである
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posted by 森羅万象の歴史家 at 12:00| 憲法学の名著と迷著 | 更新情報をチェックする