2014年03月13日

神の国々の憲法前文-宗教と立憲政治

 枢密院帝国憲法制定会議第一日は、明治二十一年六月十八日午前十時四十分、明治天皇の御臨席の下に、厳かに開会した。開会の劈頭、伊藤博文は開会の辞に託して、帝国憲法草案制定に対する起草者の根本態度に関し説明を試みた。

 伊藤は、第一に憲法政治を措いて国家を進展させ得る良途なきを断じ、第二に、この憲法政治の創設は日本にとって文字通りの創造にして、独自の憲法精神と運用の極めて重大なるを指摘し、第三には、我が国の憲法政治が皇室を中心と仰ぎ奉る確乎たる責任政治たるべきを論じたのである。伊藤いわく、

 「すでに各位の暁知せらるる如く、欧州においては当世紀に及んで憲法政治を行わざるものあらずといえども、これ即ち歴史上の沿革に成立するものにして、その萌芽遠く往昔に発芽せざるはなし。これに反して我が国にあっては事全く新面目に属す。

 故に今憲法の制定せらるるに方ては、まず我が国の機軸を求め、我が国の機軸は何なりやと云う事を確定せざるべからず。

 機軸なくして政治を人民の妄議に任す時は、政その統紀を失い、国家また随って廃亡す。いやしくも国家が国家として生存し、人民を統治せんとせば、宜しく深く慮りて以て統治の効用を失わざらんことを期すべきなり。

 そもそも欧州においては憲法政治の萌せる事千余年、ひとり人民この制度に習熟せるのみならず、また宗教なる者ありて之が機軸を為し、深く人心に浸潤して、人心ここに帰一せり。しかる我が国にあっては宗教なる者其の力微弱にして、一も国家の機軸たるべきものなし。

 仏教は一たび隆盛の勢を張り、上下の人心を繋ぎたるも、今日に至りてはすでに衰退に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基づきこれを祖述するといえども、宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我が国にあって機軸とすべきは、ひとり皇室あるのみ。


 以上の伊藤博文の憲法論は第二次世界大戦後の世界にも通用する立派な法理である。

 そのことを示すために「世界は憲法前文をどう作っているか」(中山太郎編集/阪急コミュニケーションズ/2001年 )の中から、神に対して、神の御名において、神の御加護を求めて、憲法の制定を布告する各国の憲法前文を以下に引用する。

・アフガニスタン憲法(一九六四年)の前文
 全能にして公正なる神の御名において、時代の要請に従い、民族の歴史と文化の現実を基礎にして(中略)、我々アフガニスタン国民は、国民として及び人類社会の一部として、我々の生活に生じた歴史的変革を自覚し、他方、上記の諸価値はすべての人類社会の権利であると考え、モハメッド・ザーヒル・シャー国王陛下の指導の下に、我等ならびに我等の子孫に対し、本憲法を制定する。

・アラブ首長国連邦暫定憲法(一九七一年)の前文
 われら、アブダビ、ドバイ、シャルジャ、アジュマン、ウンム・ル・カイワイン・ラアス・ル・ハイマ・フジャイラの各首長国の首長は、これら首長国間に一つの連邦を設立し、首長国とその人民のために、より良き生活と、より永続的な安定並びにより高い国際的を推進することが、われらの希求するところであり(中略)、これらすべての理由と連邦の恒久憲法の準備を完成させるために、われらは、至高かつ全能なる神と全人民の面前で、この暫定憲法に同意したことを、われらの署名を添えて、宣言する。われらの保護神たるアラーの神よ、われらに成功を与え給わんことを。

・イラン・イスラム共和国憲法(一九七九年)の前文
「憐れみ深く、慈悲深い神の御名において」
 イラン社会の真の文化、社会、政治及び経済の基本としてのイラン・イスラム共和国憲法は、イスラム社会の真の熱望を反映したイスラム的原理と戒律に基礎を置くものである。

・インドネシア憲法(一九四五年)の前文
 全知全能の神の恵沢と、独立した自由な国民生活を享有せんとする崇高な熱望とにより、インドネシア国民は、ここに、その独立を宣言する。

・クウェート国憲法(一九六二年)の前文
 恵み深く、慈悲深いアラーの名において、クウェート国首長、アブドラ・アル-サリム・アルサーバは、われら親愛なる祖国に民主的統治方法を達成することを希求し(中略)、憲法制定会議の決議に基づき、ここに以下の憲法を承認し、かつ公布する。

・バハレーン国憲法(一九七三年)の前文
 神の御名において、かつバハレーン首長、イサ・ビン・スルマン・アル-ハリファにより授けられた天恵と僥倖をもって、立憲的統治の開始段階にあたり、アラブ主義とイスラームの宏漠のさなかにあったバハレーンの往時を偲び(中略)、国家の憲法を起草すべくなされた憲法制定会議の構成を尊重し、かつその憲法制定会議の決定に基づき、ここに本憲法を裁可し、公布するものとする。

・バングラディッシュ人民共和国憲法(一九七二年)の前文
 国家の独立戦争に英雄的人々が自らを捧げ、殉職者がその命を捧げるように奮起させた、全能の神、民族主義、民主主義および経済的社会的正義を意味する社会主義における完全なる信用および信頼の高い理想が憲法の基本的原則であることを誓い(中略)、憲法制定会議において西暦一九七二年十一月四日に、この憲法をこのように採択し、制定し、自分自身に与えられる。

・フィリピン共和国憲法(一九八七年)の前文
 主権を有するフィリピン国民は、全能の神の佑助を祈願し、正義と人道に基づく社会を建設するとともに理想と希望とを体現すべき政府を樹立するため、伝統的遺産を継承発展させ、法の支配と真実・構成・自由・愛情・平等および平和のための制度に立脚する独立と民主主義とを、われらとわれらの子孫のための恵福として保持し、ここにこの憲法を確定し、公布する。

・アイルランド憲法(一九三七年)の前文
 すべての権威の源泉であり、またわれらの窮極の目的としての人類及び国家の行動の帰着点である至聖なる神の名において、われらアイルランド国民は、数世紀の試練を通じてわれらの祖先を励まし給うたわれらの主イエス・キリストに対するわれらの義務を謙虚に認識し、わが国民の正当な独立を回復するためのわれらの祖先の英雄的な、かつ、絶え間ない闘争を感謝して想起し(中略)、ここにこの憲法を採択し、制定し、自らに付与する。

・スイス連邦憲法(一九九九年)の前文
 全能の神の名において!スイス国民と邦は、被造物に対する責任において(中略)、自己の自由を眠らせることなく行使する人だけが自由であること、および、国民の強さは弱者の福祉を尺度として評価されることを確信しつつ、以下の憲法を制定する。

・ドイツ連邦共和国基本法(一九四九年。一九九〇年、東西ドイツ統一により改正)の前文
 ドイツ国民は、神と人間とに対する責任を自覚し、合一されたヨーロッパにおける同権をもった一員として世界の平和に奉仕せんとする意思に満たされて、その憲法制定権力に基づいて、この基本法を制定した。

・モナコ公国憲法(一九六二年)の前文
 モナコ国王、レーニエⅢ世は、神の慈悲により公国の諸制度が、国家の良き行政の必要性に応じ、かつその国民の社会的発展により創設された新しい必要性を充足するために、完成されるべきことを思い、国会に新憲法を付与することを決意した。爾後、国王により、国家の基本法と見なされ、憲法で定めた条件に従ってのみ改正されるものとする。

・リヒテンシュタイン公国憲法(一九二一年)の前文
 ヨーハンⅡ世たるわたくしは、神の恩恵により、リヒテンシュタイン公国の主権を保持し、併せてトロッパウ侯、リートベルク伯などを兼ねるものであるが、一八六二年九月二十六日の憲法が、国会の同意を経て、わたくしの手により次のように改正されたことを、ここに宣言する。

・エチオピア帝国憲法(一九五五年)の前文
 神の選び給うたエチオピア皇帝、ユダ族の征服獅子王、ハイレ・セラッシーⅠ世は、二十四年前、朕の統治の始めに、朕の忠良な臣民に、エチオピア帝国のために憲法を付与し、これを公布した。またすべての恩恵の源たる全能の神は、朕の治世中、あらゆる分野における大きな進歩への最大の試練と困苦を通じて、朕の愛する国民を導くよう朕を激励し、鼓舞した。また、達成された進歩を強固なものとし、現在及び将来の朕の国民と繁栄のための強固な基礎を築きたいと望み、朕は多年にわたる綿密な研究と熟慮の後、朕の帝国のための改正憲法を用意した。また朕の国会は十分な調査と審議の後、朕にこの改正憲法の承認を答申した。

・ザイール共和国憲法(一九七八年)の前文
 われわれザイール人民は人民革命運動に結集し、モブツ主義に導かれ(中略)、アフリカ人民は、アフリカ統一という道を通じてのみ、外国の企業から全面的に解放されうるのだということを確信し、世界人権宣言へのわれわれの支持を表明し、神、祖先、アフリカ及び世界へのわれわれの責任を自覚して、本憲法を採択することを厳粛に宣言する。

・チュニジア共和国憲法(一九五九年)の前文
 寛大にして慈悲深き神の御名において!チュニジア国民の代表者であるわれわれは、制憲国民会議を召集して、強い結束と、暴虐搾取及び圧迫に対して行ってきた闘争とにより外国の支配から解放されたこの国民の意思を次のとおりに宣言する(中略)。自由にして至高なるチュニジア国民の代表者であるわれわれは、神の加護によってこの憲法を制定する。

・リベリア共和国憲法(一八四七年)の前文
 かくて、われらアフリカのリベリア自治領の人民は、神がキリスト教及び政治的宗教的市民的自由の恵沢をわれらに与えられることを敬虔な感謝をもって認めつつ、これらの恵沢をわれら及びわれらの子孫のために保障し、正義を確立し、国内的平和を確保し、及び一般的福祉を増進するため、ここに厳かに、リベリア共和国の名称を有する自由な、主権を有する独立の国家を建設し、リベリア共和国の統治のためこの憲法を制定する。

・カナダ憲法(一九八二年)の前文
 カナダは、神の至高および法の支配を承認する原理に基礎づけられているので、以下のとおり定める。

・アルゼンチン共和国憲法(一九四九年)の前文
 われわれアルゼンチン国家の国民の代表は、既存の規定を遂行するため、又われわれの子孫及びアルゼンチン領に定住せんとする世界のすべての人々のために、国家的な統一をうち樹て、正義を確立し、国内的平和を確保し、共同防衛に備え、公衆の安寧を推進し、国民文化を増進し、且つ自らの自由の利益を保障する目的の下に、アルゼンチン国を構成する各州の選挙と意思とによってつくられた一般憲法制定会議において、国家を建設するための社会的正義と経済的自由と政治的統治との変更することのできない決意を確認し、又すべての理性と正義との源泉を求める神の庇護を祈念して、アルゼンチン国のためにこの憲法を制定し、公布し、確定する。

・エル・サルバドル共和国憲法(一九六二年)の前文
 憲法制定議会は、サルバドル国民の名において、神及び祖国の運命を信頼し、次の憲法を採択し、承認し、かつ公布する。

・コスタリカ共和国憲法(一九四九年)の前文
 自由に国民憲法制定議会議員に選出され、神の名を唱え、民主主義に対する忠誠を再び断言する。われらコスタリカ人民の代表は、左のコスタリカ共和国憲法を採択する。

・コロンビア共和国憲法(一八八六年)の前文
 すべての権威の最高根源たる神の名において、国民的統一を保障し正義、自由、平和の安全を確保することを目的として、我々は次のコロンビア憲法を定めるために集会し、ここにこれを決定するものである。

・ホンジュラス共和国憲法(一九六五年)の前文
 われら、主権を有するホンジュラス国民の代表者は、国民制憲議会に集会し、国民の正当な希求を解し、かつ神の保護を祈り、ここに次の共和国憲法を制定し、承認する。

・西サモア憲法(一九六〇年)の前文
 全能であり、常に慈愛に満ちた聖なる神の名において。宇宙を支配する主権が遍在の神にのみ属し、かつ、神の掟により定められた範囲内において西サモアの国民により行使される権威は神望なる遺産でもあるので、西サモアの指導者が西サモアはキリスト教的原理とサモアの慣習および伝統に基礎をおく独立国家であることを宣言したので、かつ、西サモア国民を代表する憲法会議が西サモアの独立国家のための憲法を制定することを決議したので(中略)、今やそれ故に、われわれ西サモア国民は一九六〇年一〇月二八日のわれわれの憲法会議において、ここにこの憲法を採択し、制定しかつわれわれ自身のために与える。

・ニューヘブリテス憲法(一九七九年)の前文
 われらニューヘブリテス国民は、自由のための闘争に誇りを抱き、この闘争の成果を守ることを決意し、人種、言語及び文化的多様性を大切にし、同時にわれらの共通の運命を心に留め、ここに伝統的なメラネシアの諸価値、神への信仰及びキリスト教原理に基礎を置く統一された自由なニューヘブリデス共和国の樹立を宣言し、かつ右の目的のためにこの憲法を制定する。


 日本人は、史上最高の伊藤博文の伝記を読み、近代日本を創った男-伊藤の物事の本質を見抜く洞察力を身につけなければならない。
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posted by 森羅万象の歴史家 at 03:00| 憲政史の真相 | 更新情報をチェックする