2014年03月14日

小林よしのりを圧倒する伊藤博文の叡智−帝國憲法第四十九條議院上奏権の意義

 大日本帝国憲法を非民主主義的憲法と信じ込んでいる戦後民主主義者(マッカーサー占領軍憲法体制の賛美者)に対して、明治流憲法家は帝国憲法第四十九條(議院上奏権)の意義を説明すべきである。

 元老会議や重臣会議に代わり、衆貴の両議院が第四十九條に依り天皇に対して内閣総理大臣に相応しい見識ある人物を奏薦し、政戦両略の達人への組閣の大命降下を請願するようになれば、これ即ち帝国憲法下の議院内閣制の完成である

枢密院帝国憲法草案第四十九條 両議院は其の意見を天皇に上奏することを得

【枢密院に提出された第四十九條注解】
 
 両議院は独(ひとり)、立法の事に参与するのみならず、併せて法律を監守し、国民の権利を保護するの任を間接に負担する者なり。故に両議院は人民各個の建言を受け、及各々本院の意見を以て天皇に建言することを得。此に由を以て或は奨順匡救の誠を致し、或は政務の得失を論じ、官吏の非違を矯正し、大臣の淑慝(註、しゅくとく−淑は善良、清らかであり、慝は邪悪、汚れているという意味)を甄別(註、けんべつ−明らかに見分けること)するの意を述べるも、皆妨げざる所なり。

【枢密院に提出された第四十九條参照】

瑞典(スウェーデン)第百七條 憲法委員は内閣大臣総員或は其の内の一員又は数員公務の為に輔弼を為すに当て王国の実益を維持せず或は執奏の一員公平、忠貞、知慮、労働を致して以て負荷重大なる職位の義務を尽さざることを発見するときは其の由を議院に通達するの権あり。議院此の通知を得て国益の為に緊要と認むるときは文書を以て国王に建議し該員を免し内閣大臣の位置を削ることを請求すべし。
 
 此の案件は議会の両院中より之を発言し憲法委員外の委員よりも之を議院の議に提出することを得べし。然れども憲法委員の意見を聴きたる後に非ざれば其の提出案に付き議決することを得ず。議院に於て此の案件を議論するに当ては国民の権利又は利益に属する国王の裁決は之を是非することを得ず、又論議するを得ず。

 此の案件は議院の検査を経て之を可否したる後は既に落着すと看做すべし故に其の次の集会に於ては既決の事件の関係に付更に之を検査し其の責に任ぜしむることあるべからず。

瓦(瓦敦堡−ドイツ帝国を構成したビュルテンベルク王国)第百二十四條 国会は憲法に於て定めたる関係に循い君主に対し国の権利を維持するを以て職務とし此の職務に由り其の賛同に依て立法権の施行に参与す。若し行政上懈怠又は濫弊あるとき及憲法に違背したる処分あるときは国王に対し建言忠告訴願又は告訴を為し及審議を経て要用を認むる租税の徴収を承認するの権を有す。殊に国憲の主義を遵守して国王及本国の為に缺く可らざるの利益を図るを以て任とす。

荷(オランダ)第百十三條 両院は法律議案の外其の他の議案を国王に奏上することを得
普(プロイセン)第八十一條 各院は国王に建言するの権を有す
丁(デンマーク)第四十五條 各院は国王に向て建言することを得


 帝国憲法草案第四十九條は、枢密院の審議によって「第四十九條 両議院は各々天皇に上奏すること得」と修正され、明治天皇の御親裁を得た。また第四十九條注解の後身である大日本帝国憲法義解第四十九條解説は、注解を以下のように簡略化し、不穏当な表現を改めた。

 上奏は文書を上呈して天皇に奏聞するを謂う。或は勅語に奉対し、或は慶賀吊傷の表辞を上り、或は意見を建白し、請願を陳疏するの類、皆其の中に在り。而して或は文書を上呈するに止まり、或は総代を以て覲謁(註、きんえつ−覲は、まみえるという意味で、むかし諸侯が秋に天子のお目にかかり王事に勤め励むことを指した)を請い之を上呈するも、皆相当の敬礼を用うべく、逼迫強抗にして尊厳を干犯することあるを得ざるなり。

 枢密院の審議では、先ず顧問官の佐々木高行が口火を切り、草案第四十九條中の「其の意見」が余りに漠然として曖昧であることを問題視し、注解に則して上奏意見の内容を具体的に制限するように議長の伊藤博文に要求した。佐々木の意見に対しては顧問官の鳥尾小彌太、東久世通禧、河野敏鎌、川村純義、内大臣の三條實実らが異口同音に支持を表明し、議論が紛糾して纏まらなくなった。

 ここに至り伊藤博文は、「本文にある意見の文字は如何なる意見を云うか甚だ曖昧なり。故に注解にあるが如き意味をして本文に含ましめん事」を要望した川村に対して以下のように答え、意見という曖昧な二文字を草案第四十九條に記載した起草者の真意を明らかにしたのである(帝国憲法制定会議305〜306頁)。

「川村氏は意見の文字を誤解せらるるが如し。注解は本文の意義を陳述したるに過ぎざるものして、決して法律の効力を有するものにあらざるなり。

 又意見の文字は漠然として予め(あらかじめ)其如何なる事件なるかを知る能ず(あたわず)との論あれども、其事件は一々本條に明記すること能わざるものなり。只(ただ)時と場合とに依て定まるものにして予め明記すること能わず。

 例えば政府に於て外国と無用な戦争を開くか、又は不急の工事を起すが如き事あるに当り、議会より之に関して意見を上奏することあらん。予め意見の区域を定むる時には必ず後日差支えを生ずるに至らん。又意見は独り法律上の意見のみならず、凡て政事上の意見たるも妨げなし

 彼の丁抹及び孛国(プロイセン)の憲法にも議院は建言する事を得と記載あれども、其の建言の事件を定むるは其の時の問題に残して予め之を憲法に記載せざるなり。故に仮令い(たとい)注解の意味を以て本文に包含せしむるも、此注解にある事件の外にも亦種々の新規なる事件起ることあらん。

 注解に列記したる事件は、ただ意見を上奏するに付いてもっとも著明なるものの一二を掲げたるものなり」


 以上の伊藤博文の弁明を要するに、起草者の意図した枢密院帝国憲法草案第四十九條の「意見」は極めて広い範囲を有し、帝国議会衆貴両院に大きな政治的役割を与えようとするものであった

 これこそが帝国憲法第四十九條(議院上奏権)の意義にして、帝国憲法が議院に天皇に対する上奏権を与えながら敢えて第四十九條に上奏可能(禁止)事項を明記せず、帝国憲法義解第四十九條解説が「或は意見を建白し、請願を陳疏するの類、皆其の中に在り」という曖昧な表現を残し、意見および請願の範囲を限定しなかった理由だったのである。

 伊藤博文および井上毅は、高森明勅や小林よしのりの如き朝敵の出現を予期して女系天皇容認の含みを完全に消去するために、皇室典範第一條には、「大日本国皇位は祖宗の皇統にして男系の男子之を継承す」という同義反覆文を置き、帝国議会に広範多岐にわたる政治的役割を与えるために、帝国憲法草案第四十九條と帝国憲法義解第四十九條解説には、意見という曖昧な二文字を置いたのである。

 この文章の見事な使い分けに、筆者は只管敬服する以外にない。知の政治家の伊藤博文と近代日本固有法学の祖たる井上毅は不世出の偉大な憲法家であった。
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posted by 森羅万象の歴史家 at 01:00| 大日本帝国憲法の真髄 | 更新情報をチェックする