2014年03月14日

帝國憲法復元後の新生日本國防軍の編制は伸縮自在−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 日本感謝党本部に属するマッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)有効廃憲派?らしい人がいのししさんに以下のように噛み付いてきた。当人は日本国無効論帝國憲法復元(有効論)の矛盾を付いているつもりらしい。

 日本国憲法が無効であるのであれば、昭和20年、同21年においても立憲国家を標榜していたのでありますから大日本帝国憲法が有効であって現在でもそうあるべきです。であるならば日本国民は同憲法の20条の兵役の義務を負っていることになります。

 当然当局に「徴兵検査」を実行する請求しなければなりません。当局が無視するならば司法当局に訴えでなければなりません。同憲法においては国民は「告訴権」を有しているのでありますから。これはどうでしょうか。


 大日本帝國憲法第二十條が臣民(君主国の国民)に課す兵役義務は、あくまで帝國議会の協賛(承認)を経た法律の定めに従わなければならないのだから、帝國憲法下においても、臣民の兵役義務の具体的内容を定める兵役法が帝國議会によって可決されなければ、臣民は兵役義務を負わない。負いようがない

 従って日本国民には、当局に「徴兵検査」の実行を請求する義務も、「告訴権」なるものを行使して司法当局に訴え出る必要もない。

 災害対策基本法第71条(都道府県知事の従事命令等)があるから日本国民は災害時の徴用義務を既に負っており、徴兵制を定める兵役法がないから今のところ徴兵検査がない。ただそれだけでのことある。

 大日本帝國憲法第二十條は必ずしも「徴兵制の施行」を政府と議会に要求せず、帝國憲法の復元は直ちに徴兵制の復活とはならない

枢密院帝國憲法草案第二十條 日本臣民は法律の定むる所に従い兵役の義務を有す

【枢密院に提出された第二十條注解】

 日本臣民は日本帝國成立の分子にして、我が天皇に従属し、倶に國の生存独立及光栄を護る者なり。之を史乗に徴するに、上古以来我が臣民は事あるに当て身家の利を犠牲にし、大君の國を防護するを以て丈夫の事とし、嘗て一たびも國旗の威稜と國民の栄誉とを汚辱したるの事例あることを見ず。

 蓋し、國民忠義の精神は栄誉の感情と倶に人々祖先以来の遺伝に根因し、心肝に浸漸して脳髄に貫徹し、以て一般の風教を成す者なり。故に本條は無形の徳義を抽像して有形の典章となし、而して法律の定むる所に依り全國臣民を挙て総て兵役に服するの義務を履行せしめなば、以て一般に類族門葉を問わず、其の志気身体を併せて之を平生に教養せしめ、又以て一國雄武の風を維持して将来に失墜せしめざることを期するなり。

 恭て按ずるに、聖武天皇の詔に曰(いわく)、大伴佐伯宿禰は常も云うごとく、天皇が朝(すめらがみかど)、守り仕え奉る事、顧みなき人等にあれば、汝等の祖(いましたちのおや)どもの云い来らく、「海行かば、みづく屍、山行かば草むす屍、王のへにこそ死なめ、のどには死なじ」と云い、来る人等となも聞しめすと。此の歌即ち武臣の相伝えて以て忠武の教育をなせる所なり。

 天智天皇以来軍団の設あり、海内丁壮兵役に堪る者を募る。持統天皇の時、毎國正丁四分の一を取れるは即ち徴兵の制なり。光仁天皇以来武門執権の際に至て兵農職を分ち、久しく旧制を失いたり。維新の後、明治四年武士の常識を解き、五年古制に基き徴兵の令を頒行し(勅諭)、全國四民男児二十歳に至る者は尽く兵籍に編入し以て陸海軍に充たしめ、平時毎年の徴員は常備軍の編制に従い、而して十七歳より四十歳迄の人員は尽く國民軍とし、戦時に当り臨時召集して隊伍に編入す。此れ徴兵法の現行する所なり。

【枢密院に提出された第二十條参照】

巴(バイエルン)四章(國民権利義務の章)十二條 凡そ巴威爾國人は現行の法律に従い均しく兵役及後備軍に服するの義務あり

瓦(ビュルテンベルク)第九章第一條 凡そ國民は法章に従い本國の防御に従うを以て義務とす

葡(ポルトガル)第百十三條 凡そ葡萄牙國人は王國の独立完全に保ち及内外の寇敵を防御する為に兵役に服するの義務あり

索(ザクソン)第三十條 凡そ索遜國人は本國を防御し及兵役に服するの義務あり而して法律に於て特例を定めたるものの外之を除免せず

荷(オランダ)第百七十七條 國民最要義務の一は國家の独立邦土の防御の為に兵器を執るに在り

普(プロイセン)第三十四條 兵役は普國民の義務とす此の義務の範囲及種類は法律之を定むべし

丁(デンマーク)第九十條 凡そ兵器を帯るに堪ゆる者は法律の定むる所に従い各人本國の防御に従うべし

独第五十七條 凡そ独逸人は兵役に服するの義務あり代人を以て其の義務を行うことを得ず

瑞士(スイス)第十八條 凡そ瑞士人は兵役に服すべし

西(スペイン1837年)第六條 西班牙國人は法律に依り徴募せらるるに当り兵器を以て本國を防護し及其の財産に比例して國費を分担するの義務を有す


【筆者註】

 聖武天皇の詔とは、天平勝宝元年(西暦749年)4月1日に聖武天皇が皇后、皇太子、群臣・百寮および一般の人民を従えて東大寺に行幸された際に、従三位・中務卿の石上朝臣乙麻呂が大仏に述べた聖武天皇の宣命中にある以下の一文である(続日本紀中巻全現代語訳77ページ)。

 「大伴・佐伯の宿禰は、常にも言っているように、天皇の朝廷を守りお仕え申し上げることに、己の身を顧みない人たちであって、汝等の祖先が言い伝えてきたことのように『海行かば水漬く屍、山行かば草むす屍、大君の辺にこそ死なめ、のどには死なじ(海に戦えば水につかる屍、山に戦えば草の茂る屍となろうとも大君のおそば近くに死のう、ほかにのどかな死をすることはあるまい)』と言い伝えている人たちであるとお聞きになっている。そこで遠い先祖の天皇の御代から、今の朕の御代においても、天皇をお守りする側近の兵士と思ってお使いになる。」

 枢密院帝國憲法制定会議では、帝國憲法第二十條原案は何の異議なく可決され、明治天皇の御親裁を得て帝國憲法第二十條となった。

 伊藤博文らは立憲政治に伸縮自在の柔軟性を持たせるために、憲法には政治の大綱目のみを載せ細目を法律に譲った結果、帝國憲法第二十條の兵役義務をはじめ広範囲の政策が帝國憲法の法律事項となった。

 しかして法律は必ず帝國議会の協賛(承認)を経なければならないため、法律事項は帝國議会の認可事項であり改正可能事項である。したがって帝國憲法の復元後に、日本臣民が蛇蝎の如く徴兵制の復活を嫌悪するならば、帝國議会が徴兵制を復活させる兵役法を否決し、臣民の負う兵役義務を徹底的に簡素化する新兵役法を可決して、徴兵制を休止すれば良い。

 東條英機元首相の遺言中に「兵役については、徴兵制によるか、傭兵制によるか考えねばならぬ。我が国民性を考えて、再建の際に考慮すべし」とある(秘録東京裁判199ページ)。

 帝國憲法復元後の新生日本國防軍の編制は、徴兵制によるか、傭兵制によるか、我が国が徴兵制を採る場合、兵役対象年齢を何歳にするか、兵役期間を何年にするか、兵役終了者の予備役編入期間を何年にするか、それらは全て法律事項であり、政府と議会が議論を尽くし法律をもって定めることである。

 新生日本國防軍の編制は國内外の変化に対応して伸縮自在でなければならない。しかし「広く会議を興し万機公論に決すべし」の五箇条の御誓文に基づき明治天皇によって制定された帝國憲法の下では、臣民の兵役義務は法律事項であるがゆえに、天皇、内閣、軍部といえども、帝國議会衆貴両院の協賛(承認)を経ずして、臣民が負う兵役義務の内容を変更することはできないのである(日本民主主義の起源「五箇条の御誓文」と帝国憲法)。

 だからなのか、伊藤博文の大日本帝國憲法義解第二十條解説には、枢密院帝國憲法原案第二十條注解中の<我が天皇に従属し>という一節がない。これは、おそらく枢密院帝國憲法制定会議後に、金子堅太郎を除く起草者ならびに穂積陳重ら諸学者から成る共同審査会によって、不必要な誤解を生む不穏当な字句と判定され、削除されたのであろう。

 帝國憲法の復元後に、臣民の代表機関である帝國議会の衆議院が徴兵制を復活させるための新兵役法を必ず可決するという保証がどこにあるのか?もし衆議院がその法案をあっさり可決するならば、そのとき日本臣民の護国精神は国民皆兵制のスイス国民程度にまで回復しているはずだから、何の問題もないではないか。

 帝國憲法下の日本臣民が有する「法律の定むる所に従う兵役の義務」=「徴兵制の施行」と即断してしまう人は「法律の定むる所に従う」の意味を理解してないのである。

 こんな簡潔明瞭な法理を理解できない人が、あれこれと憲法を論じて日本国憲法の廃止と新憲法の制定を叫んでも仕方がない。

<ノミの曲芸に過ぎない戦後日本マルクス占領憲法解釈学からの覚醒>

 戦後の我が国では、帝國憲法違反など13の無効事由を抱える占領軍憲法(日本国憲法)が有効な最高法規として半世紀以上まかり通っている(詳細はこちら)。

 これこそまさに異常中の異常事態であり、これを正常化して、立憲主義の敵である革命肯定論(違憲改正の憲法を無効とせずに新憲法として有効とすること)を否定し、適法過程(due process of law)を尊重する国民精神の回復と再確立を図り、自由の源泉の一つである立憲政治を防衛することこそ、真の戦後民主主義の克服超越であり、真の戦後レジームからの脱却である。

 我々が肝に銘じなければならないことは、革命肯定論によって初めて正当化される憲法典を支持する護憲勢力は、革命に対して法理的に抵抗できずに(違憲の憲法改廃を無効とは主張できない)憲法典を失う悲劇を免れないこと、そして我が国は、革命が繰り返される国内の混乱の中で国体を一度失ったならば、もう一度これを再生することは不可能に近いということである。

 今後も我が国体は、百年に一度あるかどうか分からない国家と民族の危機に備えて、他の国が持っていない日本民族固有の財産として大切に保存され、我々の子孫に継承されなければならない。
【関連する記事】
posted by 森羅万象の歴史家 at 03:00| 大日本帝国憲法の真髄 | 更新情報をチェックする