2014年11月17日

国民主権を否定する明治自由民権運動の憲法私案-日本国の左翼全体主義化を阻止する天皇の勅許と天皇の勅命

 憲法が皇室の自治を規定しても、国民の代表機関である議会が皇室の家父たる天皇を無視し、天皇の御許しを得ることなく、憲法中の皇室自治規定を変更するための憲法改正の発議を行えるとすれば、それは、皇室の自治を仮初めの自治、偽りの自治に貶め、皇室の尊厳を汚してしまう。

 のみならず、それは、民主党の中井洽が国会で秋篠宮文仁親王殿下に「早く座れよ!」と暴言を吐いたこと、あるいは自民党の小泉純一郎が皇室の伝統と皇族の御意見を一切無視し、皇室の家法たる皇室典範を改悪しようとして、苦悩の末これに反対された三笠宮寛仁親王殿下の御寿命を縮めてしまったことと同等以上に、皇室に対する傲慢不遜無礼不敬千万な振る舞いである。これがフランス暴力革命のイデオロギーたる「国民主権」の本質である。

 だから大日本帝國憲法は皇室の尊厳を護るために皇室の自治を明記し、且つこれを担保するために憲法から「国民主権」を排除している。明治の自由民権運動を代表する交詢社系の憲法私案も実は同様なのである。


<明治の自由民権運動を代表する交詢社系の憲法私案(皇室の自治を示唆、国民主権なし)の憲法改正の手続き>

明治十四年六月四日郵便報知新聞社説-私考憲法草案(カッコ内は交詢社の私擬憲法案)

第七十八條 此憲法は左院右院其議員総数三分の二以上の同意を以て之を改正し皇帝の上裁を仰ぐべし。但し皇権に関するの條は勅許を得たるの後に非ざれば改正の会議を開くを得ず。(第七十九條 「元老院」「國会院」「天皇」以外同じ)

<大日本帝國憲法(皇室の自治を保護、国民主権なし)の憲法改正の手続き>

憲法発布勅語 将来若此の憲法の或る條章を改定するの必要なる時宜を見るに至らば朕及朕が継統の子孫は発議の権を執り之を議会に付し議会は此の憲法に定めたる要件に依り之を議決するの外朕が子孫及臣民は敢えて之が紛更を試みることを得ざるべし。

第七十三條 将来此の憲法の條項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝國議会の議に附すべし。此の場合に於て両議院は各々其の総員三分の二以上出席するに非ざれば議事を開くことを得ず。出席議員三分の二以上の多数を得るに非ざれば改正の議決を為すことを得ず。


 交詢社系憲法私案の憲法改正要件(必要条件)は帝國憲法の憲法改正要件よりやや軟性ではあるが、いずれの憲法下でも、議会は天皇を無視して憲法中の天皇と皇室に関する規定を変更するための憲法改正を発議することは出来ない。交詢社系の憲法私案は帝國憲法と同じく、そのような皇室に対する議会の傲慢不遜無礼不敬な振る舞い(国民主権)を許さないのである。なぜなら明治の自由民権運動を代表する交詢社系憲法私案の起草者は尊皇護国の志士だったからである。

明治十四年五月二十一日郵便報知新聞社説-私考憲法草案(カッコ内は交詢社の私擬憲法案) 

第一章 皇帝の特権

第一條 皇帝は万機を主宰し宰相並に左右両院に依りて國を治む政務の責は一切宰相に帰す(第一條 天皇は宰相並に元老院國会院の立法両院に依て國を統治す) 

第一條註解 皇統一系万世無窮天地と悠久なるは我日本建國の大本にして敢て臣下の議すべき所にあらず。また皇祚継承の事も皇太子もしく皇嫡女の践祚するは皇帝の特旨に由るといえども古来より慣例ありて皇嗣は自ら御男子と定まりしことなり。

 これらは憲法の明文に掲げざるも臣子たるもの固より不文の大典を奉じ敢えて渝ることなきは亦天地と悠久なるべき筈なるをもって余輩の私考に拠れば、皇祚及皇嗣云々を憲法の明文に掲ぐるは故らに尊厳に触るる恐れなきにあらざるを以て敢てこれを記せず。

 且つそれ憲法を定立するは即ち益々皇室の基礎を鞏固にし國家の安寧を保持するの主意に外ならざるを以て故らに皇祚皇嗣の箇條を明文に記せざるを是とす。これ余輩が巻首に皇帝陛下の特徴を記載し不文の大典すでに固定し千古に渉りて明々白々たる皇統皇嗣のことを書かざる所以なり。


 交詢社系の憲法私案は、議会に対して憲法改正発議権を与えつつ、議会が天皇の勅許を得ることなく憲法中の皇権に関する条項を改正するための会議を開くことを禁じている。これが議会に対する交詢社系憲法私案の制約である

 大日本帝國憲法は、議会に対して、天皇の勅命(憲法改正発議)によって議会に送付される憲法の或る条項の改正案の可否を決定する権を与えつつ、憲法改正発議権を天皇に専属させ、議会が憲法改正を発議することを禁じている。これが議会に対する帝國憲法の制約である

 立憲政治とは憲法によって制約される政治である。立憲君主とは憲法によって制約される君主である。立憲議会制デモクラシーとは憲法によって制約される議会制デモクラシーである。憲法の役割が国家の最高法規として国家権力を適正に制限することであるならば、憲法は行政部門、司法部門、立法部門のうち、前二者より必ず優位に立つ立法部門すなわち議会を厳重に制限しなければならない

 これが伊藤博文の座右の書「ザ・フェデラリスト」の思想である。「ザ・フェデラリスト」は人民の能力への不信感を率直に表明し、立法機関を厳重に制限し直接民主制を否定しなければならないことを力説する

 憲法改正の手続き上の議会に対する交詢社系憲法私案の制約(天皇の勅許)と帝國憲法の制約(天皇の勅命)は、「ザ・フェデラリスト」の思想に合致するのみならず、尊皇護国思想を持つ日本人が起草した、日本の国体国柄にふさわしい制約である

 この制約があるかぎり、国民世論が一時的に左傾化し、民主党のごとき反日左翼政党が有権者を騙して公選議院を占領しても、この反日左翼政党は、帝國憲法の下では憲法中の天皇に関する規定を変更し、皇室自治や立憲君主制を廃止するための憲法改正を発議することはできない。それは交詢社系の憲法の下でも至難の業である

 実際の歴史では、近衛文麿と朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実ら近衛の革新(共産主義)幕僚たちは、衆議院の各政党を解散に追い込み大政翼賛会にまとめることに成功した。しかし翼賛会の総裁たる近衛は大政翼賛会の一党独裁を合法化するための憲法改正を発議することは出来ず、昭和天皇に帝國憲法の改正に関する意見書を提出したものの、昭和天皇にたしなめられ、憲法改正を断念せざるを得なかった

 議会に対する帝國憲法の制約が奏功し、我が国の左翼全体主義化を阻止したのである

<旧宮家の皇族復帰を希求します>

 大日本帝国憲法と日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)は、いずれも立憲君主制を規定しているので、憲法秩序の維持には天皇陛下が必要である。

 筆者および筆者の一族郎党が核爆発に巻き込まれ全滅しても、我が国はびくともしないが、もし万が一にも天皇陛下と天皇の予備たる皇位継承権ないし摂政就任権を持つ皇族の方々が全滅してしまうと、我が国は、国会の召集、内閣総理大臣の任命、最高裁判所長官の任命、国務大臣の認証、法令の公布、立憲君主制を維持する為に旧宮家の皇族復帰を図る特別立法、共和制に移行するための憲法改正等を合法的に行えなくなり、国家意思を形成できなくなってしまう。被災民を救済することも諸外国に救援を求めることもできなくなってしまう

 だからそれを阻止するために、天皇陛下と天皇の予備たる皇位継承権を持つ皇族の方々は、いかなる危機においても御健在であり続けなければならない。今こそ旧宮家の皇族復帰を実現し、天皇の予備たる皇位継承権を持つ皇族を増やさなければならない。

 皇室の御健在と御繁栄それ自体が、憲法秩序を維持し、我が国が無政府状態に陥ることを防ぐ重要無比の御公務である。皇室は我々一般国民と法的に平等ではないのである。

 戦後の我が国では、帝國憲法違反など13の無効事由を抱えるマッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)が有効な最高法規として半世紀以上まかり通っている(詳細は占領憲法の正體)。

 これこそまさに異常中の異常事態であり、これを正常化して、立憲主義の敵である革命肯定論(違憲改正の憲法を無効とせずに新憲法として有効とすること)を否定し、適法過程(due process of law)を尊重する国民精神の回復と再確立を図り、自由の源泉の一つである立憲政治を防衛することこそ、真の戦後民主主義の克服超越であり、真の戦後レジームからの脱却である。

 我々が肝に銘じなければならないことは、革命肯定論によって初めて正当化される典を支持する勢力は、革命に対して法理的に抵抗できずに(違憲の憲法改廃を無効とは主張できない)憲法護憲憲法典を失う悲劇を免れないこと、そして我が国は、革命が繰り返される国内の混乱の中で国体を一度失ったならば、もう一度これを再生することは不可能に近いということである。

 今後も我が国体は、百年に一度あるかどうか分からない国家と民族の危機に備えて、他の国が持っていない日本民族固有の財産として大切に保存され、我々の子孫に継承されなければならない。
【関連する記事】
posted by 森羅万象の歴史家 at 00:00| 憲政史の真相 | 更新情報をチェックする