2014年12月09日

最悪の本末転倒-最高法規の法的安定性を破壊する日本国憲法有効論

 法理の筋を貫き通す日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)論を批判している違憲有効界改憲派には、「本筋に戻す」という改革(リフォーム)の精神が欠落している。だから彼等の改憲論は必ず失敗し、後世に禍根を残す。それは火を見るより明らかである。

 日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)論を我が国から消去する日本国憲法有効論は唯一つしかない。それは合憲有効論である。

 合憲有効論とは、帝國憲法の改正という形式を採った日本国憲法の制定過程に全く瑕疵がなく、日本国憲法の制定時期、制定手続、内容が帝國憲法に照らして合憲であるから日本国憲法は有効であるという法理論である。

 しかし合憲有効論は全く成り立たない。日本国憲法の制定時期、制定手続、内容はすべて帝國憲法(憲法発布勅語、第73条、第75条)に違反していた(占領憲法の正體参照)。

 それなのに占領軍に媚び諂った憲法学者とその弟子どもがサンフランシスコ講和条約の発効後から今日に至るまで、帝國憲法違反の日本国憲法を無理やり有効と言いくるめているから、無理が通れば道理が引っ込むのたとえ通り、彼等の違憲有効界では、虚偽に虚偽を重ねる八月革命説が有効論の通説になってしまったように、真実が死滅しているのである。

 八月革命説をはじめ、合憲有効論以外の日本国憲法有効論を主張している者は、決して合憲有効論を主張しない。それは彼らも合憲有効論の不成立すなわち日本国憲法の制定が帝國憲法違反であることを確信しているからに他ならない。

 合憲有効論の不成立を確信していない者-合憲有効論が成立し得ると考える者-が、どうしてわざわざ合憲有効論以外の有効論を唱える必要があろうか。合憲有効論以外の日本国憲法有効論は、論理的かつ必然的にすべて違憲の憲法改正有効論なのである。

 そしてこの違憲改憲有効論は立憲主義の原則を踏み躙るものであるから、違憲改憲有効論である日本国憲法有効論が蔓延している東大法学部を頂点とする戦後の憲法学界では、法理が死滅しているのである。

 真実と法理の死滅、これが占領憲法有効論の害毒であり、高度成長時代の公害のごとく日本国に蔓延して小中高大学の教育現場を汚染している(例えば鈴木安蔵に暴かれる東京書籍のウソ-明治の自由民権派を代表する交詢社系の憲法私案)。

 この害毒を垂れ流している日本国憲法有効論に立脚する憲法改正論は、この害毒をもっと酷くしこそすれ、決して各界に蔓延するこの害毒を浄化しない。

 それが証拠に、違憲有効界改憲派は、日本国憲法がマッカーサー占領軍憲法であることを指摘し、日本国を蝕む諸悪の根源として、日本国憲法とこれを信奉する違憲有効界護憲派を非難しながら、憲法効力論争に入ると途端に馬脚を現し、発狂し始める。

 ある者は八月革命説を非難しながら、とつぜん奇声を上げ八月革命説の逆バージョンなる珍説を喚く。またある者は、日本国憲法の制定過程に複数の重大な瑕疵があることを認めながら、日本国憲法下で成立した法律、政令、判決等を無効としないために、占領期間中に制定された現皇室典範を無効と主張する一方で、同じく占領期間中に制定された日本国憲法を有効と言いくるめる。

 そしてこのある者は、無理やり帝國憲法違反の日本国憲法を有効と言いくるめるために、始源的有効論(最初から有効)に属する「承詔必謹説」を主張したかと思えば、突如として何の説明もなく後発的有効論(途中から有効)に属する「時効説」に転向してしまう。

 法哲学を専攻する東大教養学部教授の長尾龍一氏(東大法学部卒)に至っては、戦後民主主義の擁護者として、日本国憲法無効論に反論を試みるも反論しきれず、バカ正直に思考の停止を表明し、憲法中最も重要な規範である憲法改正の手続きの蹂躙を肯定した(思考を停止する憲法思想家、長尾龍一氏が行った日本国憲法無効論の検証)。

 「憲法無効論との関連で議論されるもう一つの法律家的論点は、憲法改正権限界論に関するが、私はそれを重要な議論であるとは考えない。

 万物は流転する。憲法の父たちがその子孫より大きな権威をもつと信ずるのは迷信である。子孫は適当な方法で自らの憲法を作る。旧憲法の改正規定が利用可能ならば、それを利用し、そうでなければ、それによらないだけのことである。

 憲法制定時の立法者が後世に課したタブーを金科玉条視して、平和的変更を妨げるこの議論に、理論的にも実践的にも、何らかのメリットがあるとは考えられない」(日本憲法思想史260~264ページ)


 長尾氏の理屈が罷り通るならば、サンフランシスコ講和条約の発効後の日本国に生まれた我々有権者と政治家は、日本国憲法第96条を利用する憲法改正が困難と判断すれば、第96条に拠らずに、別の適当な方法で、自らの新憲法を作ってよいことになる。

 万物は流転するのだから、憲法制定時の立法者つまりマッカーサーおよびGHQ民政局員が後世の日本国に課したタブー(日本国憲法第96条)を金科玉条視してこれを遵守する必要は全く無いということになるではないか。

 長尾氏の主張は、戦後民主主義(占領憲法体制)を擁護しようとして、かえって戦後民主主義を殺害する論理になっている。彼等は本当に支離滅裂で無茶苦茶である。彼等は発狂後の小林よしのりに酷似している。

 違憲の憲法改正有効論は、日本国憲法とその第96条に基づき生まれて来るかもしれない新憲法を殺害する論理に瞬転し、国家の最高法規である憲法そのものの法的安定性を破壊してしまう

 これこそ最悪の本末転倒である。違憲有効界改憲派がこのような本末転倒を犯す根本原因は、彼らには「本筋に戻す」という改革(リフォーム)の精神が欠落しているからである。

 また彼等は過去の法戦史に学ばず、芦部信喜をはじめ違憲有効界の魑魅魍魎たちと戦い続けた偉大な先覚者たちの記録、あらゆる有効論を論破する菅原裕の日本国憲法失効論や、法理の筋を貫き通す現憲法無効論-憲法恢弘の法理を見落として改憲を論じてしまったからである。

 違憲有効界の確信犯的な改憲派は、伊藤博文の憲法義解や北畠親房の神皇正統記を読まずに皇位継承論を書いてしまった小林よしのりの同類に堕ちているのである。
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posted by 森羅万象の歴史家 at 19:57| 日本国憲法の正体 | 更新情報をチェックする