2015年01月07日

日本を愛したスタイン博士の遺言

 明治22年(1889年)7月21日、金子堅太郎は英訳の「憲法義解」数十部を携えて日本を出発し、欧米各国に向かった。金子は伊藤博文から、欧米の政治家および憲法学者に英訳の憲法義解を贈与し、彼らの忌憚なき意見を徴して帰國せよ、と命じられていた。

 金子はオーストリアを訪問した際に、伊藤の恩師である歴史法学の泰斗スタイン博士を訪問した。病魔に冒されていたスタインは医師の命令により来客を謝絶していたが、金子がスタインの愛する日本國の賓客にして憲法施行準備のためにオーストリアに来たことを聞き、医師の命令に背いて、金子と面談し、日本國のために助言した。

墺國法学博士「スタイン」氏の大日本帝國に関する談話

一、憲法はすでに発布せられ、その周緻精確なることは欧州憲法の右に出でること数等なり。然れども憲法発達の歴史添付なきが故に、欧州人は少しく奇異の思いをなす。日本においてこの憲法を制定するには必ずその歴史の存在するならん。もしこれと密接の関係ある歴史を添付せざれば、世人は単に土耳古の憲法と同一視するならん。故に日本政府は憲法の沿革史を編纂して之を世上に示すこと目今の急務なり。

一、歴史は一國の進歩の順序を示し、又國家万般の事実を記載するものなり。故に國民の愛國心を振興せしめんと欲せば、先ずその建國の歴史の何たるを知らずして可ならんや。現に英独の如き憲法國においては精細なる歴史を基本として、常に王室の尊厳を保つことに力(つと)むるは、蓋し歴史はその國の成立の始祖を知るが為には、もっとも有益にして不可欠の学科なり。

 然るに日本は尚未だ精確なる歴史の編纂なしと聞く、日本の歴史を知らずしていずくんぞ皇室の独立と尊厳とを保つことを得んや。現に独逸皇帝は本年の陸軍検閲において、孛國(プロイセン)の歴史をあまねく中学以上に教ゆべしと宣告せられたり。

一、上院の勅撰議員には高等の神官僧侶を選任することもっとも必要なり。然れどもこれらは神官僧侶として選任するにあらず、全く功労又は学識の点を以て選任するにあらず、全くその人々の人格に依るものとなすべし。又下院の選挙法には、僧侶、軍人の被選権を禁ずることありといえども、上院にはこれを禁ざざればこの使命を行うも毫も差し支えなきが如し。

一、議案の説明員は演台にて演説し、その他は自席より演説すること便宜ならん。

一、議会に提出する議案はなるべく簡単明瞭にして、行政の実際と統計とを示すに足る者を主力とし、力めて理論に走るの傾向ある議案はこれを除くこと、日本帝國議会の初回、又は爾後両三回迄は必要ならん(欧米議院制度取調巡回記)。


 明治の日本國に國家神道なるものが成立して本当に國教の地位を得たのであれば、明治政府は帝國憲法第三十四條および貴族院令の規定する貴族院の組織構成に「神官枠」を設けていたはずなのだが・・・。

 しかし大日本帝國政府はそれを行わず、昭和14年8月14日、ようやく神社神道の神職の布教活動と葬儀業を解禁したのである(「現人神」「国家神道」という幻想-「絶対神」を呼び出したのは誰か)。戦後世代の日本人はもっと日本国の歴史を学ばなければならない。

 戦後民主主義洗脳狂育が大日本帝國憲法に着せているアカだらけの汚名を雪ぐために。

<関連ページ>

 GHQの方針に反逆し歌舞伎を救った男マッカーサーの副官フォービアン・バワーズは大日本帝國憲法を「完全に有効でかつ実際に極めて美しい明治憲法(the perfectly valid and really very beautiful Meiji constitution)」と称賛した。

 今度は日本国民自身が、二年連続の疫病選挙と大日本帝國憲法の起草原則とが告げる日本国の危機を克服するために、GHQによって違法不当に最高法規の地位から追われた我が国の正統憲法たる大日本帝國憲法を救済しなければならない。

「中国が攻めてくる!日本が憲法で滅ぶ」前に、日本民族がGHQによって僅か一週間の間に建設された粗末な違法監獄から集団脱走して明治の偉人が叡智を結集して建立した素晴らしい故郷の旧家に戻り、井上孚麿が「いくそたび かき濁しても 澄みかへる 水やみくにの 姿なるらむ 」という歌に込めた「日本民族の正統憲法復原力」を生み出すために(現憲法無効論-憲法恢弘の法理)。

<おまけ、大日本帝國憲法暗黒史観を砕く選択問題>

・問題1 1890年11月29日(大日本帝國憲法の施行日)から1947年5月3日(日本国憲法の施行日)までの日本國で実現しなかった政策はどれか。次の中から該当するものを選びなさい。

1、普通選挙法の施行
2、陪審制の施行
3、大政翼賛会の一党独裁
4、婦人参政権の付与

 正解は3。ワイマール憲法は国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の一党独裁を許してしまったものの、大日本帝國憲法はソ連共産党を模倣した大政翼賛会の一党独裁を許さず、近衛新体制運動を推進していた朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実ら近衛文麿の革新幕僚(昭和研究会に参集していた共産主義者)の無法な野望を粉砕した(詳細は近衛新体制を参照)。
 また婦人参政権は1945年12月17日に帝國憲法第三十五條に基く衆議院議員選挙法の改正により実現した

・問題2 伊藤博文、井上毅、金子堅太郎、伊東巳代治が大日本帝國憲法の起草のために参考にした外国の憲法はどれか。次の中から該当するものを選びなさい。

1、プロイセン憲法
2、ベルギー憲法
3、スウェーデン憲法
4、イギリス憲法
5、アメリカ憲法

 正解はこちらです。
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posted by 森羅万象の歴史家 at 21:00| 憲政史の真相 | 更新情報をチェックする