2014年03月20日

ひと目でわかる近衛文麿の正体−大東亜戦争史書の選び方

 筆者の記事「ひと目でわかる支那事変が長期化した原因と元凶−近衛文麿と尾崎秀実の国家犯罪」と「ひと目でわかる憲法上の神聖不可侵の意味」は、支那事変を拡大し我が国を対米英戦へ導いた最高責任者が近衛文麿であることを論証した。

 筆者が以下に紹介する第一次史料は、近衛文麿の邪悪な正体を21世紀の日本国民に伝えている。

【大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌1944年7月1日の条】

 午后より市ヶ谷分室に於て班長以下(註、松谷誠、種村佐孝、橋本正勝)昭和二十年春を目途とする戦争指導に関する第一案を研究す、判決としては今後帝国は作戦的に大勢輓回の目途なく而かも独の様相も概ね帝国と同じく、今後逐次「ジリ」貧に陥るべきを以て速に戦争終末を企図すとの結論に意見一致せり。

 即ち帝国としては甚だ困難ながら政略攻勢に依り戦争の決を求めざるを得ず、此の際の条件は唯国体護持あるのみ而して政略攻勢の対称は先ず「ソ」に指向するを可とす。斯かる帝国の企図不成功に終りたる場合に於ては最早一億玉砕あるのみ。帝国としては飽迄冷静なる見透に依り皇統連綿たる三千年の歴史を保存し、後図を策すべきなり。

【大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌1944年9月18日の条】

 本日、ソより我が特使の派遣を拒絶し来れり、ソの真の腹は何処にありや不明なるも国家の為遺憾千万なり、帝国は飽迄執拗に対ソ交渉を継続するを要し、夜別館に於て、班長、加藤中佐、橋本にて今後の交渉要領一案を研究せり。更に日ソ支東亜共同宣言(案)を研究す。

【大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌1945年4月30日の条】

 「今後採るべき対ソ施策に関する意見」並に之に基く対ソ施策要綱を起案、種村より大臣総長次長次官に意見を具申す。

【今後の対ソ施策に対する意見 1945年4月29日、種村佐孝大佐】

三、対ソ施策の目的

 以上の見地に基いて対ソ施策は飽く迄対米英戦争完遂の為の対ソ施策でなければならない、即ち対米英戦争完遂上日ソ戦絶対回避の為の施策でなければならない、此の点を明かにして対ソ施策に進むべきである、何処迄も米英の戦意を喪失せしむる迄戦うのである、戦わんが為に必要なる対ソ施策を行うのである、万一飽く迄戦うと云う決心の無き対ソ外交であったならば危険此上もないことは既に述べた通りで在る。

 而して本目的達成の為ソ側に確約せしむべき条件は日ソ同盟なりや、日ソ支同盟なりや、ソの対米厳正中立なりやの何れかに存す。

 然るに日ソ中立条約の破棄せられたる今日此中の何れをも確約せしむることは余程の神業であり余程の「チャンス」を掴まない限り困難なることと云わねばならぬ。

 此処に於て本目的達成の為如何なる形式にてソの対日態度を確約せしむべきやは本施策成否の鍵とも云うべきで在る、下手をするとソ連よりも背負投を食わされ取らるる物は皆取られて何にも得る処なく日ソ戦争に導入せらるる虞なきにしもあらずで在る。             

四、対ソ施策実施上我方の譲歩すべき条件

 前項目的達成の為必要なる条件は悉く之を停止し譲歩し開放し断念するに吝であってはいけない、換言すればソ側の言いなり放題になって眼を潰る、日清戦争後に於ける遼東半島を還付した悲壮なる決心に立換ったならば今日日本が満洲や遼東半島や或いは南樺太、台湾や琉球や北千島や朝鮮をかなぐり捨てて日清戦争以前の態勢に立還り、明治御維新を昭和御維新によって再建するの覚悟を以て飽く迄日ソ戦を回避し対米英戦争完遂に邁進しなくてはならない、三千年悠久の歴史から考えて見たならば過去五十年の変化の如きは民族興亡の一波瀾として考えればよいではないかとあっさり考えられないでもない。然し要は帝国に対するソ側の要求程度如何に存する。

 若しソ側が以上の如き要求を提示し来つた場合はどうするか、其の時は既にもうソが米英と完全に手を繋いだ時で在る。日清戦争前の態勢にかえってもソと戦をしないか、真逆ソとしてはそんな無理は云うまいと思われるけれ共帝国としては此の肚を以て日ソ戦争を絶対に回避すべきであって其処迄肚を極めて対ソ交渉に移るべきである、移った以上ソ側の言い分を待って之に応ずると云う態度に出づるべきで在る、我より進んで以上の諸条件を展開することの適当ならざるは外交掛引上から云っても当然考慮せらるべき点である。

 次は支那に対してソ連が如何なる要求を出すであろうか、之は人の褌で相撲を取る様なものでソ側としては余り乗って来ない問題であると思う。

 一時支那の大陸を米英の勢力下に置くも現下に於てソ連の戦争指導としては止むを得ないであろうと考えられる、今度の戦争で支那問題の為にソ連が米英と戦をするだろうと考えることは先ず先ず無いと云うも過言ではあるまい、従て仮令帝国が延安の本質を確むることなく其の共産色なるを以て之を餌にしてソ連を支那方面に誘導し様と思っても中々難かしい問題ではあるまいか、只現下帝国が帝国軍の勢力下にある支那の占領地域を直ちに延安とソ連に引き渡し得たとしても苟くも民族意識の旺盛なる支那民衆が直ちに日本軍に代るにソ連を以てして満足するであろうかどうか、斯る場合結局延安はソ連にあらずして支那民衆本来の姿に返るのではないか、然らずんば表面飽く迄ソ連との関係は断切って進むのではあるまいか、何れでも宜しい、支那に於ける帝国軍の犠牲と支那民衆の犠牲とに於てソ連を此の方面に誘導し支那大陸に於て米ソを確執せしめ得れば帝国の為幸甚此の上もないことであろう

 然る場合重慶の態度は固より延安と同調すべく、重慶と雖も支那民族あっての重慶であり抗日せんが為に米英に依存したのである。日本が支那大陸より撤退したる上は何を好んで米英と提携すべきであろうか、重慶亦支那民族本来の姿に還って延安と対外的には相提携するであろう。

 国内問題として彼等が対立すべきことあるべきは支那民族五千年の歴史から考えて見ても永久に絶えないであろう。

 若し斯くの如き情勢に於て米英が支那大陸に上陸し若くは支那大陸に盤踞するが如きことあらんか、其の不幸は支那事変以上支那民族の不幸であることは彼等が一番良く知って居る筈である、即ちソ連が乗って呉れさえすれば支那問題を中心とする日ソ支の結合提携は誠に面白い問題である、成否を超越して心掛くべき施策ではあるまいか

 然し其の成功の公算たるや九対一以上困難であることを覚悟しなければならない。但し嘗て己の力の及ばざるにソ連を西亜に向わしめ或は印度に向わしめんとして日ソの提携を計らんとしたことと比較すれば情勢の推移とは申せ数歩を進めた現実的なる命題である。 

 又南方地域に於ても帝国軍の現存する限り戦争終末の形態に於てソ連に能う限りの発言権を与うべく協力するに吝かであってはならない(参謀本部編【敗戦の記録】343〜352ページ)。

【大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌1945年6月25日の条】

 沖縄終戦に関する大本営発表あり。襟を正して自省自奮あるのみ、

 右に伴う明日行うべき総理談又は告諭に付内閣に於て討議の結果告諭として発表することとなれり。

 午後五時発小田原山荘に近衛公を訪る(種村)、途中国府津にて岡村憲兵と奇遇するあり秘密行す。政談を一切抜きにして専ら軍事情勢につき公に本土決戦必勝の信念を与うる如く力説すること三時間公をして電燈をとりて門前に予を送らしむるに至る

 惓も死児の齢を数うるが如しと前提して公三国同盟の締結及独「ソ」開戦当時、大東亜戦争前等を思い感慨深く語る、食料問題は大政治問題化すべしとて陸戦隊化したる海軍の整備を論ず。

 再会を約して去る、一重臣をして戦意に燃えしめたりとせば千万人と雖も我往かん。

 午後十一時三十分徒歩三十分にして湯本吉池旅館に永井少将を訪れ同宿御見舞す。

 箱根街道は三百年前の昔の如く深夜人なし。感激深し。

 公曰く「此の次は陸軍の時代なり宜しく御奮闘を祈る」と。
 

 以上の第一次史料は、1945年2月の近衛上奏文が昭和天皇と後世の日本国民を欺き、近衛の真意と正体を隠蔽するための演技であり、近衛文麿がこの種の韜晦(めくらまし)を得意とする狡猾で余りに邪悪な政治家であったことを如実に示している(詳細は国民のための大東亜戦争正統抄史88〜93近衛文麿の正体)。

 大日本帝国陸軍参謀本部の猛反対を恫喝してトラウトマン工作を打ち切り支那事変を拡大長期化させた張本人は、近衛文麿自身である(第一次近衛声明、汪兆銘工作、汪兆銘政権の正式承認、詳細はひと目でわかる支那事変が長期化した原因と元凶−近衛文麿と尾崎秀実の国家犯罪)。

 それなのに近衛文麿は、近衛上奏文の中では「抑々満洲事変、支那事変を起し、之を拡大して遂に大東亜戦争にまで導き来れるは是等軍部内の意識的計画なりしこと今や明瞭なりと存候」と述べて軍部に責任を転嫁し、自殺直前の遺書の中では「日支事変で責任の帰着点を追及してゆけば、政治家としての近衛の責任は軽くなり、結局、統帥権の問題になる。したがって窮極は陛下の責任ということになる」と述べて昭和天皇に責任を転嫁したのである。

 河上肇に師事しマルクスレーニン主義に傾倒した革新(左翼)貴族の近衛文麿は、転々と嘘を吐き、平然と自分の犯した数々の悪行の責任を他人に転嫁する人物であった(詳細は半藤一利の虚構史観を斬る!昭和十年代の陸軍と政治−軍部大臣現役武官制の虚像と実像)。

 近衛の詐欺術は、近衛の最高政治幕僚組織「昭和研究会」に集結した共産主義者たちと彼らを大幹部に戴いた戦後の左翼勢力と朝日新聞社にそっくりそのまま継承されている。

 日本国民がこの詐欺術を打ち破る方法は、以上の第一次史料に触れない戦史書を購入しないことである

 そして近衛文麿の詐欺術を真似て、支那事変の拡大長期化の元凶と責任を、昭和天皇や軍部、あるいは大日本帝国憲法・治安維持法、日の丸・君が代、修身・教育勅語、神道・靖国神社に転嫁する者どもを、大東亜戦争史を偽造し日本国民から授業料や新聞書籍購入費を騙し取るプロ詐欺師として徹底的に糾弾することである

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posted by 森羅万象の歴史家 at 23:00| 憲政史の真相 | 更新情報をチェックする