2014年11月20日

「憲政の神様」尾崎行雄の帝国憲法擁護論

 ある特定政党が有権者を騙し衆参両院の単独過半数の議席を確保したら、それは、ほぼ合法的一党独裁の成立である(日本国憲法下の異常な権力集中現象参照)。

 国家がデモクラシー(大衆参加政治)を導入し公選議院を設置する際は、必ずデモクラシー固有の欠陥である公選議院の弊害−未熟な議員の当選と民主党のごとき詐欺政党の跳梁跋扈−を矯正するに足る構成と権能を持つ非公選議院を設置しなければならない。それは立憲議会政治の鉄則であり、車両の発動機(エンジン)には必ず冷却機(ラジエーター)を取り付けなければならないのと同じである。

 衆議院という公選議院に対して抑制と均衡の機能を司る第二院は、公選議院であってはならないのである。公選議院の弊害を是正する第二院は、まず公選議院の弊害から免れていないといけないからである。第二院が第一院と同じ公選議院の弊害に覆われては話にならない。しかし我が国の参議院は衆議院と同じ公選議院であり、衆議院と同じかそれ以上に公選議院の弊害に覆われているのだから、我が国の議会政治は論外、いな言語道断である。

 日本国憲法の規定する国会の分割方法と権能の配分が根本的に間違っているから、我が国は平時であるにもかかわらず特定政党による合法的な一党独裁体制の出現可能性に脅かされるのである。

 大日本帝国憲法の下では、天皇が統治権を総攬する限り、そして衆議院と異なる構成と衆議院とほぼ対等の権能を持つ貴族院が存在する限り、立法は天皇の大権であり(帝国憲法第五条)、仮に民主党のごとき左翼全体主義的な詐欺政党が選挙戦に疑似餌をまいて有権者を易々と釣り上げ衆院を完全制覇しても一党独裁を行うどころか、帝国憲法が議会に付与する立法承認(協賛)権も予算承認権すらも完全に掌握することは出来なかった。

 さらに憲法改正発議権は天皇に専属するため、この詐欺政党は一党独裁を合法化するための憲法改正を発議することすら出来なかった。

 大日本帝国憲法は左翼全体主義の天敵なのである。戦時中にそのことを指摘していた人物が尾崎行雄である。「憲政の神様」の帝国憲法擁護論は戦後日本に蔓延るインチキ憲法学者が帝国憲法に浴びせる誹謗中傷を吹き飛ばす

「近来我が選挙区にも、自由主義者、個人主義者、民主主義者、平和主義者、親米英派、軍縮論者、翼賛運動反対者等の臭味ある者をば、選出すべからずと勧説する者があるそうです。これは尾崎には投票するなというに均しい言行です。

 もしそれが直接と間接とを問わず、租税や官僚の援助を受くる者の所作であるならば明白な選挙干渉で、憲法および選挙法等に違背する行為です。明治二十五年の大干渉にすら屈せずして、私を選挙した諸君ですから、これくらいの干渉は物の数でもありますまいが、あまりに辻褄の合わない申し分ですから、一応弁明いたします。

 第一こんな事を流布する人々は、自由主義を我儘勝手に私利私欲のみを追及するものとでも誤解しているのでしょう。帝国憲法は第一章において、天皇の大権を規定し、第二章において、臣民の権利義務を規定していますが、兵役・納税の義務に関する第二十条と第二十一条を除けば、その他の十一条はことごとく臣民の権利と自由を保証したものであります。故に帝国憲法は自由主義の憲法だと申しても差し支えないのです。

 帝国憲法第十九条は、日本臣民は均しく文武官に任命せられ、およびその他の公務に就くことを得と保証し、

第二十二条は、居住および移転の自由を保証し、
第二十三条は、身体の自由を保証し、
第二十四条は、正当なる裁判官の裁判を受くるの権利を保証し、
第二十五条は、住所の侵入および捜索を拒む権利を保証し、
第二十七条は、所有権を保証し、
第二十八条は、信教の自由を保証し、
第二十九条は、言論集会および結社の自由を保証し、
第三十条は、請願権を保証しています。

 かくの如き明文があるにもかかわらず、自由主義を排斥する人々は我が憲法を否認し、明治大帝の御偉業に反対するのでしょうか。自由の反対は非自由で、奴隷生活、監獄生活のようなものだが、真にこれを好む者がありましょうか、物は少し考えて言うべきだ。
 
 かつて自由主義の英国と同盟条約を結んだとき、明治大帝は大いにこれを嘉賞し、時の内閣大臣をば一人残らず叙爵または昇爵位せしめ給わりました。大正天皇は秩父宮殿下を自由主義の英国に留学せしめ給わりました。今日英米と開戦したからと申しても、これらの事実は、消滅しません。口をきわめて自由主義を悪罵することは、明治大帝や大正天皇の御行為を誹謗する事にもなりはしますまいか」(東条首相に与えた公開状)

「明治天皇が即位の始めに立てられた五箇条の御誓文、御同様に日本人と生まれた以上は何人といえども御誓文は暗記していなければならぬはずであります。これが今日、明治以後の日本が大層よくなった原因であります。明治以前の日本は大層優れた天皇陛下がおっても、よい御政治はその一代だけで、その次に劣った天皇陛下が出れば、ばったり止められる。

 ところが、明治天皇がよかったために、明治天皇がお崩れになって、大正天皇となり今上天皇となっても、国はますますよくなるばかりである。

 普通の言葉では、これも世界に通じた真理でありますが、『売家と唐様で書く三代目』と申しております。たいそう偉い人が出て、一代で身代を作りましても二代三代となると、もうせっかく作った身代でも家を売らなければならぬ。しかしながら手習いだけはさすがに金持ちの息子でありますから、手習いだけはしたと見えて、立派な字で『売家と唐様で書く三代目』、実に天下の真理であります。
 
 たとえばドイツの国があれだけ偉かったのは、ちょうどこの間、廃帝になってお崩れになった人(ウィルヘルム二世、亡命先のオランダで一九四一年没)のお爺さん(ウィルヘルム一世)の時に、ドイツ帝国というものが出来たのである。三代目はあのとおり。

 イタリアが今は大層よろしいけれども、今のイタリアの今上陛下は(ビットリオ・エマヌエーレ三世)がやはりこの三代目ぐらいでありまするが、いまだ、皇帝の位にはお座りになって居られますけれども、イタリアに行ってみれば誰も皇帝を知らず、我がムッソリーニを拝んでおります。イタリアにはムッソリーニ一人あるばかりである。皇帝の名すら知らない者が大分ある。これが三代目だ。人ばかりではない。国でも三代目というのは、よほど剣呑なもので、悪くなるのが原則であります。

 しかるに日本は、三代目に至ってますますよくなった。何故であります。明治天皇陛下が万機公論に決すべしという五箇条の御誓文の第一に基づいた掟をこしらえた。それを今の言葉で憲法と申しております。その憲法によって政治をするのが立憲政治である。立憲政治の大基を作るのが今日やがて行われる所の総選挙である。」


 さらに尾崎行雄は、ヒトラーやムッソリーニを賛美する者がいるが、秦の始皇帝も同じ事をしていると述べた。

「(そのやり方)を一番立派にやったのが秦の始皇帝であった。儒者等を皆殺しにしてしまったり、書物を焼いてしまった。ヒットラーが大分その真似をしている。反対する者はみな殺した。そして強い兵隊を作って六合(天下)を統一して秦という天下を作りました。ちっとも珍しくない。秦の始皇帝は、よほど立派に今のヒットラーやムッソリーニのやり方をしております。

 その真似をヨーロッパの人がしているのである。本家本元は東洋にあることを知らないで、今の知識階級などといって知ったふりをしている者は、外国の真似をして騒いでいる。驚き入った事である。

 官報をお読みになると分かりまするが、私が前の前の議会に質問書を出して、官報に載っております。天皇陛下がある以上は全体主義という名義の下に、独裁政治に似通った政治を行うことが出来ぬものであるぞと質問した。これに対して近衛総理大臣が変な答弁をしておりますけれども、まるで答弁にも何もなっておりませぬ。

 秦の始皇、日本の天皇陛下が秦の始皇になれば、憲法を廃してああいう政治が出来る。しかしながらもう日本の天皇陛下は、明治天皇の子孫、朕および朕が子孫はこれ(明治憲法)に永久に服従の義務を負うと明言している(憲法発布勅語のこと)以上は、どうしても天皇陛下自ら秦の始皇を学ぶ事が出来ぬ。そうすると誰がしなければならぬか、誰が出てきても、天皇陛下があり、憲法がある以上は、ヒットラーやムッソリーニの真似は出来ませぬ。このくらいの事は分かる。憲法を読めばすぐ分かります。

 憲法を読まぬで勝手な事を言う人があるのは、実に明治天皇畢生の御事業は、ほとんど天下に御了解せられずにいるように思いまするから、私どもは最後の御奉公として、この大義を明らかにして、日本がこれまで進歩発達したこの道を、ずっと進行せられたい」(天皇三代目演説)


「万一独伊が敗れて、英米に屈服した時は、我が国は独力をもって支那および英米五、六億人の人民を打倒撃滅し得るだろうか。真に君国を愛するものは、誠心誠意をもってこの際に処する方策を講究しなければならぬ。無責任な方言壮語は、真誠な忠愛者の大禁物である。

 独伊は敗北の場合をも予想し、これに善処する道を求めているようだが、我が国人は独伊の優勢の報に酔い、一切そんな事は、考えないらしい。これ予が君国のため、憂慮措く能(あた)わざる所以である。

 我国人中には、独・伊・露などの独裁政治を新秩序と称して歓迎し、世論民意を尊重する所の多数政治を旧秩序と呼んで、これを廃棄せんとするが如き言行を為すものが多いようだが、彼らはこの両体制の実行方法と、その利害損失を考慮研究したのであろうか。いやしくも虚心坦懐に考慮すれば、両者の利害得失は、いかなる愚人といえども、分明にこれを判断し得べきはずだ」(憲政以外の大問題)


 尾崎行雄のいう「独・伊・露などの独裁政治を新秩序と称して歓迎し、世論民意を尊重する所の多数政治を旧秩序と呼んで、これを廃棄せんとするが如き言行を為すもの」とは、朝日新聞出身のソ連のスパイ尾崎秀実とともにソ連共産党を模倣した大政翼賛会の一党独裁−近衛新体制運動−を推進していた近衛周辺の共産主義者たちである。

 彼らは敗戦後に国体の衣を脱ぎ捨て社会党や共産党、日教組や朝日新聞社の幹部となり、ソ連、中共、北朝鮮の一党独裁計画経済体制を礼賛したのである(進歩的文化人−学者先生戦前戦後言質集から左翼護憲派のアイドル鈴木安蔵の八紘一宇論参照)。

 そして愚人以下の彼らの直弟子が、赤い法務大臣こと千葉景子であり、赤い小沢一郎こと文化大革命に憧憬する仙谷由人であり、菅直人なのである。

 アメリカ合衆国憲法のコメンタリー「ザ・フェデラリスト」は選挙による専制政治の出現を断固として排撃し、「ザ・フェデラリスト」の子である大日本帝国憲法は大政翼賛会の一党独裁を阻止したが、GHQ民政局のニューディーラー(アメリカの容共主義者)がデッチ上げた日本国憲法の構造(仕組み)は、選挙による専制政治(多数圧制)−民主党のごとき赤い(左翼全体主義的)詐欺政党の一党独裁支配を許してしまうのである。

 だから日本国憲法を正当化する戦後憲法学を生真面目に一所懸命に勉強する者は、菅直人のように「民主主義とは政権交代可能な独裁」などと得意気に語るようになるのである。

 日本国憲法を正当化する戦後憲法学は、これを生真面目に勉強する者を、菅直人のごとき最悪危機想像能力を欠く愚か者(ルーピー)に転落させてしまう。
【関連する記事】
posted by 森羅万象の歴史家 at 21:00| 大日本帝国憲法の真髄 | 更新情報をチェックする