2015年11月03日

日本国憲法第9条の精神は日本人に対すると虐めと嬲り-連合国の犯したポツダム宣言違反

 昭和天皇は、サンフランシスコ講和条約の発効の日を迎えて、次の御製を詠まれた。

 風さゆるみ冬は過ぎてまちまちし八重桜咲く春となりけり

 国の春と今こそはなれ霜こほる冬にたへこし民のちからに

 昭和天皇は、連合軍が日本国を占領していた期間を冬の時代と認識していたのである。

 荒木貞夫被告の弁護人を務めた菅原裕氏は、1945年9月2日に連合国と日本国を拘束する休戦条約となったポツダム宣言から発生する双方の権利と義務を挙げ、連合国が犯した数々の違法行為を批判した。

【連合国の犯したポツダム休戦条約違反行為】

日本国の義務(連合国側の権利)

1、「日本国国民を欺瞞し誤導して世界征服の挙に出でしめたる者の権力及び勢力は永久に除去せられざるべからず」(第6項)

 本項は各個人について具体的にいうものであることは明らかであるから一般的、包括的に指定した追放処分の如きは本坑の趣旨を逸脱した、権利の濫用ともいうべき不法な行為であったことはいうまでもない。

2、「連合国の追つて指定すべき日本国領域内の諸地点は、吾等がここに指示する根本的目的の達成を確保する為占領せらるべし」(第7項)

 本項が諸地点と明記せるにかかわらず、連合国軍は、日本の全領域を占領した。これは明らかに本条違反であった。

3、「カイロ宣言の条項は履行せらるべし」(第8項)

4、「日本国の主権は、本州、北海道、九州及び四国並びに吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」(第8項)

 本項はカイロ宣言ならびにヤルタ協定の実施として日本より台湾、樺太、千島を剥奪したものであるが、日本が本来領有し、もしくは堂々たる講和条約によって取得しすでに数十年にわたり国際的に公認せられているこれらの島嶼を一方的宣言や秘密協定によって奪い去ることは明らかに国際法の蹂躙であり、かくの如く戦勝国が無制限に過去にさかのぼっていっさいの公認されている現実を否認するとすれば、いずれの時にか国際秩序の安定があり得るであろうか。

 またこれは一九四一年八月英米が宣言した、大西洋憲章第二項の「関係国民の自由に表明せる希望と一致せざる、領土的変更の行なわることを欲せず」に違反するものである。

5、「日本国軍隊は完全に武装を解除せらる」(第9項)

6、「吾等の俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳格なる裁判が行わるべし」(第10項)

 本項に関しては東京裁判において二つの点で問題になった。一つはいわゆる「平和に対する犯罪」なるものはポ宣言発表当時国際法上、戦争犯罪の概念の中に入っていたかどうかということで、他のチャーター「極東国際軍事裁判所条例」の内容その他東京裁判のやり方は「厳格なる裁判」であるかどうかということであった。

7、「日本国政府は日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去すべし」(第10項)

 ポツダム宣言受諾に際し日本政府の天皇制に関する釈明要求に対し8月11日の国務長官の解答には明らかに天皇制ならびにその権限の存続(唯一の例外は降伏条項実施の最高司令官の権力下の服すこと)は承認されている。

 したがってここにいわゆる「民主主義的傾向」は従来存在しかつ認められてきたところの天皇制の下における民主的傾向―民衆主義的傾向さらに具体的には帝国憲法所定の立憲政治議会政治を指すことは明らかである。

 ゆえに「主権在民」の日本国憲法を強要制定せしめたことは、本条項を逸脱し日本国民をして義務なき事を行わしめたというべきである。

8、「日本国をして戦争の為再軍備をなすことを可能ならしむる虞ある如き産業は許されず」(第11項)

9、「日本国政府は直ちに全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し」(第13項)

 無条件降伏はカイロ宣言には日本国とあったが、本項によって日本国軍隊に変更されたことはまことに明瞭である。

10、「右の行動に於ける同政府の誠意に付き適当且つ充分なる保証を提供せんことを同政府に対し要求す」(第11項)

日本国の権利(連合国の義務)

1、「カイロ宣言の条項が履行せらるる」

 第8項の結果、同宣言中の「右連合国は自分のために、なんらの利得をも欲求するものに非ず。また領土拡張のなんらの念をも有するものに非ず」の個所は日本の利益のために援用し得るものである。

 ゆえにベルサイユ条約による第一次世界戦争以後日本が取得したる島嶼や、台湾、澎湖島は盗取したのではなく、正当なる日清講和条約により取得したものなることが判明したならば、この後段の剥奪措置が適当であるかどうかの再検討や原状回復措置も後日に残ることになる。いわんやヤルタ秘密協定による千島、樺太の奪取の如きは明らかに本条項と抵触するもので当然無視さるべきものと信ずる。

2、「日本国軍隊は完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し平和的且つ生産的なる生活を営むの機会を得しめらるべし」(第九項)

 ソ連領内に移送された日本軍人及び一般人の総数は57万5千人に及んでいる。かくのごときはたんにソ連一国の不信はいうまでもなく、連合国全体の本条約違反というべきである。

3、「吾等は日本人を民族として奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ず」(第10項)

 占領統治の苛酷は本条項違反たるものが多かったが、占領憲法の強要の如き葉はその最たるものであった。当時わが政府も国会も一片の抗議さえ出し得ないほど奴隷化されていた。

4、「言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし」(第10項)

 各般の占領政策は完全に本項に違反したことは他言を要しない。(荒木貞夫被告の弁護人を務めた菅原裕氏の指摘)


 連合国の執行機関として日本国を占領した連合軍は、何ゆえ以上のごとき違法行為を重ねることができたのか。それは他でもない、我が国はすでに非武装化しており、占領軍に反撃する戦力と方策を喪失していたからである。

 我が国はポツダム宣言第5項「吾等の条件は、左の如し。吾等は、右条件より離脱することなかるべし。右に代る条件存在せず。吾等は、遅延を認むるを得ず」を信じて宣言を受諾し、連合軍の日本占領を受け入れ、「全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し」(第13項)を実行して非武装国になったのである。

 我が国は日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)の施行前に、それこそ占領軍憲法前文のいう「平和を愛する諸国民(註、連合国を指している。国連体制と自衛権参照)の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」し、陸海空軍その他の戦力および武力による威嚇又は武力の行使を放棄したのである。

 結果は、菅原裕氏が指摘したように、無残なものであった。

 そして我が国をだました連合国の占領軍は、昭和天皇と一般国民を人質に取り、天皇の処罰と立憲君主制の廃止と三度目の原爆投下をちらつかせて日本政府に占領軍憲法草案の受諾を強要し、その草案の中で、日本国民に「平和を愛する諸国民(連合国)の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」することを命じ、「武力による威嚇又は武力の行使の放棄」と「陸海空軍その他の戦力の不保持」を命じてきたのである。

 まさに占領軍憲法の前文と第9条とは、マッカーサーら占領軍が非武装化した日本国、丸腰になった日本人を徹底的に侮り舐め、嬲り虐め抜いていた痕跡以外の何物でもない。

 そして中国と南北朝鮮、そして彼らに魂を売った反日的日本人は、かつての占領軍のように、非武装化した日本国および日本人を徹底的に虐め嬲り、そして滅亡に追い込みたいから、反日精神の権化である占領軍憲法第9条の護持を叫び、第9条を崇拝するのである。

 筆者が思うに、これから反反日の日本人が占領軍憲法の前文と第9条の無用有害を説く際は、チベットの惨劇のみならず、大日本帝国の悲劇と、平和を愛する諸国民(連合国)の不正と背信を挙げなければならない。

 かつて満州人は、中華民国と清帝退位協定を締結し武装を放棄した後、中華民国によって清帝退位協定を蹂躙された。

 かつて日本人は、連合国とポツダム条約を締結し武装を放棄した後、連合国によってポツダム条約を蹂躙された。

 そしてチベット人は、中華人民共和国と17ヵ条協定(1951年5月23日、中央人民政府とチベット地方政府のチベット平和解放に関する協約)を締結しチベット人のための独立主権国家と武装を放棄した後、中華人民共和国によって17ヵ条協定を蹂躙されている。

 これら過去の事実が我々に教えてくれることは、国際法が無意味な存在であることではなく、国際法秩序の維持には強制力-軍事力が必要不可欠であるということである。

 我が国が国際紛争を国際法に則り平和的に解決するためには、紛争相手国の武力行使を抑止する力、国際法を犯す相手国や平和的解決を拒む相手国に対すして制裁を行う力と意思が必要不可欠なのである。

 日本国の周辺諸国は、抑止力を持たない非武装国や違法行為に対して軍事制裁を発動できない軍事小国に対しても、国際法を誠実に遵守するほど公正で真面目ではない。

 むしろ水に落ちた犬は打て!とばかりに襲い掛かってくる国ばかりではないか。日本人が本当に過去を直視しているならば、そのことを誰よりも熟知していなければ、おかしいのである。

 「個人間の社会においても、また国際社会においても、法がある所には違法者があるのは、人間によって構成される社会に免れ難い現象である。

 従って法を維持する為には、法に違反する者に対して其の行為を改むることを強制し、又は其の行為より生じたる結果に対して償いを為す事を強制する手段が存せねばならぬ。

 かかる強制手段の存在の必要は、何れの社会においても共通であるが、其の行使の態様は社会組織の発達の程度、更に詳しくいえば、社会内部における法の制定および執行に関する分業組織の発達の程度によって異なるものであって、原始的なる社会、即ち法に関する右の分業組織の発達せざる社会においては、違法者に対する強制は、社会が其の為に特に設けたる機関の手によって為さるるよりは、社会の組成員たる各個人、例えば被害者自身または其の近親の手に委ねられること多く、これに反して近代国家に在っては、国内に生じたる違法行為の弾圧、違法者に対する制裁は、国家が其の為に設けたる機関によって為さるるを原則とする。

 従って強制は団体の構成員たる個人の手を離れて団体の名によって団体自身の行為として為されるるのである。しかし現在この制度を採用する文明国家といえども其の法律生活の歴史を遡る時は、公権力の組織未だ不完全にして、個人に広範囲の自力救済の権能を付与していた時代がある。

 又これらの諸国は現在においても、個人が国家の手をからずして違法者に向かって直接に強制手段行使することを、限られた若干の場合に認めている。

 例えば正当防衛および留置権の制度の如きがこれである。

 国際法によって規律せらるる社会は、その現在の発達の段階においては、法の制定・執行および強制に関しては個人間の社会がかつて経験せると同一の状態にあるものであって、国際社会はこの社会の法に違反する国家の生ずる時これに向かって社会の名において制裁を加うる公権力を未だ具備しない(中略)。

 故に国際社会は大戦後も大戦前と同様に、国際社会の機関が社会の名においてする制裁または組織化せられたる共同制裁の制度を有せず、従って国際慣習法および条約の違反に対する強制は、社会の組成員が各個に違法者に向かって為す自力救済の方法によってのみ為される。

 国際法上の自力救済は、或る国家の国際法違反に対して、被害者たる国家が同種類又は同程度の行為をもって、これに報いる方法(復仇または報償)によっても為されることがあるが、かくの如き微温的なる手段が被害国の権利を救済する効果を挙げ得ざる場合に、違法国の国際法上の権利の全面的侵害をもってする強制的手段を国際法は認める。これを戦争という。

 第一次大戦前のドイツその他の国際法学者にして、戦争は自然法則の一なるが故に神意に適し、従って善であり、人類に幸福をもたらし、正しき文化の理想に合するものであると説き、戦争が科学の進歩を促し、勇気・服従および犠牲的精神等の美徳を養い、芸術の発達、文明の伝播を援けることを挙げて、その証明とした者がある。

 しかし戦争がもたらす多くの人命および物資の喪失、先人の建設せる文化の跡の破壊が、右の如き若干の利益によって償われるか否かは疑問である。

 しかし戦争の存在は、法の維持のために自力救済に頼る外なき国際社会の現状によって法理的には正当化せられる。

 もちろん自力救済は、法の維持のための手段としては完全なるものではないが、個人間の私闘の廃止が、個人間の紛争を解決する社会の公権力が完備して、これが個人に代わって、まさに違法者に向かって力を行使する制度の下においてのみ可能である様に、国際社会が違法者に対して社会の名において強制を加うる権限と事実上の武力とを具うる機関を具備するまでに発達せざる限り、戦争は一の避け難き人類の不幸として承認せられねばならぬ(田岡良一著戦時国際法1938年)。」


 今日の連合国(国連)機構も、以上の考え方に沿い、連合国憲章第7章に軍事制裁の規定を設け、加盟国に有事即応の空軍派遣団の保有を義務づけ(憲章第45条)、かつ連合国の軍事制裁機能が安保理常任理事国の拒否権によって麻痺させられてしまう極めて不完全なものであるが故に、連合国憲章第51条は個別的集団的自衛権を加盟国固有の権利と規定している。

 連合国憲章は、個別的自衛権に基づく戦争、集団的自衛権に基づく戦争、連合国自身が行う戦争、敵国条項に基づく戦争を認めており、国際法は戦争のルールとして戦時国際法を整備している。

 それにもかかわらず多くの日本人が依然として占領軍憲法第9条の改正に否定的な態度を示し、戦争と軍事を盲目的に否定する。

 まぬけなことに現代の多くの日本人は、過去の日本人を欺いた連合国という国際軍事機構を偏愛しているくせに、連合国憲章を無視して第9条を人類の理想などと妄想し、これを吹聴するのだから、まさに異様である。彼らは狂人といっても過言ではないだろう。

 歴史学は、日常生活に役立つ実用的な学問ではない。理数系の学問と比較すれば、歴史学は学問といえるかどうかも怪しい。せいぜい趣味、娯楽、教養の類である。しかし歴史を知らない者は、憲法、軍事、外交、経済等々を理解できなくなっていくのだから歴史学の意義とは恐ろしい。

 我が国における学校教育の歴史公民教科書とマスコミの歴史報道が真赤な虚偽にまみれて久しく、「日本はポツダム宣言を受諾して連合国に無条件降伏し昭和20年8月15日に太平洋戦争は終結した」と信じて疑わない日本人が後を絶たない。

 彼らは日本国が連合国に騙されたことを知らず、彼ら自身が教師とマスコミに騙されていることに気づいていない。

 我が国は黒いスイスならぬ黒い日本となり、外国を徹底的に猜疑し厳重に警戒すべきなのに、日本が周辺諸国にだまされた過去を直視せず、スパイ防止法すら制定しようとしない。

 だから、支那人は福沢諭吉が脱亜論を発表した百年前と全く変わっていないのに、日本の政府や企業は、支那に友好を求め、支那人と契約を交わしては支那人に騙され、富を奪われる。

 我が国は既に周辺諸国によって領土と資源を奪われ、国民を拉致されているにもかかわらず、日本の有権者が日本独自の精強な軍事力を再建する強固な信念を持たないから、周辺諸国は不法に日本国の領土と資源と国民を略奪したまま、それらを日本国に返還しようとはしない。

 日本政府は不法行為を繰り返す周辺諸国の顔色を窺い、彼らの機嫌を損ねないために、ひたすら朝貢外交を重ねることしかできない。

 我が国が国防能力を欠く占領軍憲法を護り続ける限り、アメリカ軍に日本国を保護してもらう他になく、当然その代償としてアメリカ合衆国に基地と軍事費を提供し、アメリカ政府の要求を呑み続けなければならないが、マッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)有効護憲派には、このことを理解する能力が無いらしい。だから彼らは反米を叫びながら護憲を訴える矛盾を犯し、恬として恥じない。

 バカは死ななきゃ治らないというが、これが日本国にも当てはまるとしたら、悲しい。

<日本国民を戦後民主主義洗脳狂育から覚醒させる名著>

こうして日本人は国を愛せなくなった・・・日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと

戦前日本は暗黒だったという反日左翼の歴史観を粉砕する!戦前の日本では、これほど素晴らしい教育が行われていたのかと感動させる不朽の名著「修身教授録-現代に甦る人間学の要諦

・GHQの公職追放は、敗戦後の日本の古代史学会に史書たる「記紀」の軽視と荒唐無稽な珍説の横行ももたらした・・・学界に葬られた古代天皇が蘇り、私たちの前に確かな証言をつきつける古代天皇はなぜ殺されたのか

正統憲法復元改正への道標が記録する憲法学界の真相は、法曹関係者の間では有名な東大憲法学教授の芦部信喜と小林直樹は、昭和三十八年に、帝国憲法擁護派の小森義峯教授によって彼等の憲法論の誤謬を厳しく指摘され公開論争を挑まれたが、一言半句の反論もできず、沈黙を余儀なくされたことである

 宮沢俊義によって捏造され、樋口陽一に継承されている東大法学部マルクス憲法学は、すでに論破され大敗北を喫した真赤なウソ学問なのである。

「現人神」「国家神道」という幻想―近代日本を歪めた俗説を糺す。大東亜戦争を引きき起こした思想は国家神道ではない。目覚めよ日本人!!
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posted by 森羅万象の歴史家 at 08:00| 日本国憲法の正体 | 更新情報をチェックする