2016年01月19日

斎藤隆夫代議士の議会演説「支那事変処理に関する質問演説(昭和15年2月2日)」の読み方

 筆者は、1995年に中村粲の「大東亜戦争への道」を購読したものの中村史観に全く納得できなかった。そこで小学3年生から歴オタの筆者は自分で戦史の調査を開始し、1997年末か98年初めに晩年の岸信介に大きな衝撃を与えた戦争と共産主義−昭和政治秘史(三田村武夫著/民主制度普及会、1950年初版発行)の復刻版「大東亜戦争とスターリンの謀略」(自由選書)を入手して、ようやく中村史観に納得できなかった自分に納得でき、支那事変長期化の真因が第一次近衛声明に連動した汪兆銘政権樹立工作であったことを理解できた。

 筆者が中村粲の見解に覚えた違和感は、斎藤隆夫の「支那事変処理に関する質問演説(昭和15年2月2日)」の「官報速記録より削除せられたる部分」中の汪兆銘工作に対する批判とほぼ同じであった。

 斎藤隆夫代議士の質問演説より約7ヶ月前に参謀本部作戦課戦争指導班が斎藤演説と同趣旨の「事変解決秘策案」(昭和14年7月5日)を策定し、「汪兆銘政権樹立案は対立政権に堕し長期大持久戦に陥るの公算大」という警告を発していたにもかかわらず、斎藤演説に対して米内光政総理大臣は「新政府が出来上がりまして、差し当たり重慶政府と対立関係となるということは、やむを得ないものと考えておりまするが、重慶政府が翻意解体致しまして新政府の傘下に入ることを期待するものであります」と答弁した。

 そして戦争指導班長の堀場一雄中佐と斎藤代議士が蒋汪両政権の氷炭相容れざる対立抗争を警告したにもかかわらず、東條内閣の重光葵外相は阿部信行元首相と同じく「新政権樹立の趣旨が徹底したならば重慶政府も一緒になって和平救国の途に就く」と錯覚し、「大東亜戦争完遂のための対支処理根本方針」(昭和十七年十二月二十一日))において南京政府の強化してしまい、南京政府の解消には反対せざるを得なくなって繆斌工作を妨害し我が国を敗北へ導いてしまったのである。

 まさに重光は自説保全に走って大局観を見失い、汪兆銘工作を推進した朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実の謀略に踊らされてしまい、「日本には依然として支那問題を局部的にのみ取扱わんとする見解が存在している。これは世界戦争の最終的解決の日まで片付き得ない性質のものであると観念すべきものであろう」という呪いの言葉を遺して処刑された尾崎の思う壺に嵌ったのである。

 斎藤隆夫の「支那事変処理に関する質問演説(昭和15年2月2日)」と、「尾崎秀実、西園寺公一が雑誌等に論文を執筆して汪兆銘工作が日本の執るべき唯一の道であることを強調していた」という犬養健の証言(昭和十七年四月二十一日、現代史ゾルゲ事件4巻)を裏付ける公論昭和十四年十一月号「汪精衛政権の基礎」(尾崎秀実著作集第2巻)と戦争と共産主義を併読する者は、朝日新聞社と社会大衆党と陸軍の一部がヒステリーを起こして斎藤代議士を排撃した本当の理由、ゾルゲ機関の謀略活動、近衛内閣の軍事外交内政の真の目的、近衛文麿の正体、そして大東亜戦争の真実を理解できる。

回顧七十年
回顧七十年 (中公文庫)

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posted by 森羅万象の歴史家 at 00:00| 憲政史の真相 | 更新情報をチェックする