2016年08月17日

サザンオールスターズの桑田佳祐に贈りたい古典的名著「国際法上の自衛権」

 2014年5月、勁草書房が国際法の古典的名著である国際法上の自衛権(田岡良一著/1964年初版発行)を復刊した。第二次世界大戦後の我が国において戦時国際法研究の絶滅を阻止した田岡博士は、「国際法上の自衛権」に、1934年のハーグ国際アカデミーにおいてレンヌ大学教授エミール・ジローによって呈された以下の苦言を引用している。

「侵略を阻止し禁遏するためには、国家政策の手段としての戦争に訴えることの不正を宣言しただけでは、十分ではない。侵略の定義を作ることも大して役には立たぬ。国際組織の全体を不戦条約によって宣言された新しい観念の線に作り直さねばならない。さもなくば新観念は現実性なく生命なきものとなる。

 平和をプラトニックな願望や、根のない気まぐれや、抽象的な宣言や、言葉やジェスチャーで安直に入手できると信じるのは幼稚の極みであり、幻想の極致である

 古いことわざに結果を求める人は手段を求めるという。手段を捨てる者は、まさに結果を捨てるものである。


「国際組織の全体を不戦条約によって宣言された新しい観念の線に作り直さねばならない。さもなくば新観念は現実性なく生命なきものとなる」とは、どういうことか。

 田岡博士は「国際法上の自衛権」にガリュースの指摘を引用している。ガリュースは、不戦条約が国際社会の法的機構に改良を加えないでそのままにしておきながら、武力行使を全面的に禁止し、ただ正当防衛(自衛)の場合、すなわち攻撃を受ける国がこの攻撃に対して自国を守る場合の武力行使だけを認めようとしていることに対して、1930年に次のような批判を加えた。

「このような法的状態から生ずべき結果は重大である。ある国が国際法を侵し、自分の結んだ条約を恣に破り、また国際慣習として確立していることの疑いない諸原則を足下に蹂躙したとしても、この国によって権利を侵され、その利益に重大な侵害を受けた国から、陸軍または海軍のいかなる武力行動をも加えられる恐れはない。

 この国の態度は、いかに傍若無人であるとはいえ、攻撃を構成しない。従って被害国へ武力に訴える権利を与えない。この権利は正当防衛の場合より外には与えられないからである。」


 そしてガリュースによって批判された1930年当時の法的状態から、まさに彼が警告した通りの重大な事態が極東地域に出現していた。それは、革命外交を標榜した中華民国の無法な排日運動の激化と、これに法益を侵害された日本の国民感情の尖鋭化であった・・・。

 中華民国の国民政府は、北伐完成直後の1928年7月7日、日支間不平等条約の効力を一方的に否定する「革命外交」を我が国に通告、彼らに帰順した張学良の奉天軍閥は、満鉄に対する併行線の敷設やテロ破壊活動、在満邦人に対する土地商祖の禁止、朝鮮人開拓地の没収など、戦争に代わる抗敵手段として外国民および外国貨排斥運動を執拗に繰り返した。

 奉天軍閥は日露戦争のポーツマス条約の締結以後、我が国が正当かつ合法的に獲得した在満権益を侵害しただけでなく、兌換し得ない紙幣を濫発して農民から農産物を収奪し或いは百年分の税金を取り立て、収入の九割近くを軍事費に当て紙幣価値を百分の一以下に暴落させるなどリットン調査団に「言語道断なる政府の強奪であり、憐れむべき多数民衆に対する最も憎むべき犯罪に外ならない」と非難された程の虐政を重ねていた。

 その為に邦人を含む在満住民の怨嗟は頂点に達しており、満州の邦人居留民から「お前らの腰のサーベルは竹光か!」とまで罵倒されていた関東軍は1931年9月18日遂に軍事行動を起こし張学良の奉天軍閥を撃破した。

 関東軍と、内閣予備費から首相権限をもって戦費を支出し関東軍と朝鮮軍の作戦行動を認可した日本政府は、1931年8月18日の朝日新聞社説「支那側に一点の容赦すべきところは無い。わが当局が断固として支那側暴虐の罪をたださんこと、これ吾人衷心よりの願望である」に見事に応えたのである。

 あらゆる国際紛争を平和的に解決する制度が国際社会によって整備されていない時代に、国際条約が自衛権(外国の武力攻撃、武力侵入に対して、戦争権もしくは戦争に至らざる平時の武力行使をもって反撃する権利)以外の国家の武力行使を禁止するとどうなるか?

 武力攻撃や武力侵入を形成しない外国の執拗な違法行為によって自国の利益を侵害される国家が、平和的解決手段を尽くしても、その違法行為を排除できないという事態が発生する。

 この時に、被害国が国際条約を遵守すると、武力行使に踏み切り外国の違法行為を排除して国益の原状回復を図ることはできず、被害国が武力を行使して外国の違法行為を排除すると、被害国自身が国際条約違反を犯すことになる。

 武力攻撃や武力侵入を形成しない違法行為に対して武力行使をもって反撃することは、自衛権の行使には当たらず、国際条約によって禁止されているからである。

 つまり被害国は、国際条約を遵守して武力行使を控え外国の違法行為を黙認し国益を侵害され続けるか、それとも国際条約から逸脱して敢然と武力行使に踏み切り外国の違法行為を打ち砕き国益を防衛するか、という選択を迫られるのである。これは深刻なジレンマである。そしてこのジレンマに陥った国が、実は大日本帝国であった。

 だからリットン調査団は、満州事変の分析にあたり大いに困惑し、奉天その他満州の諸地点で日本軍の為した作戦行動を不戦条約の容認する自衛措置とは認めなかったものの、満州事変全体に対する見解として、以下のように述べ、暗に日本国を擁護せざるを得なかった。

「本件紛争に包含せらるる諸問題は、往々称せらるるが如く簡単なるものに非ざること正に明かなるべし。即ち、問題は寧ろ極度に複雑なるを以て、一切の事実及其の歴史的背景に関し十分なる知識あるもののみ、之に関する決定的意見を表明する資格ありというべし。

 本紛争は、一国が国際連盟規約の提供する調停の機会を予め十分に利用し尽すことなくして、一国に宣戦を布告せるが如き事件にあらず。又一国の国境が、隣接国の武装軍隊に依り侵略せられたるが如き、簡単なる事件にも非ず

 何となれば、満洲に於ては、世界の他の部分に於て正確なる類例の存せざる幾多の特殊事情あるを以てなり。」

「日本も始めて西洋の影響に対し国を開きたる当時、同様なる諸問題、すなわち擾乱的なる諸思想との新たなる接触、相異する標準の衝突、その結果たる外国居留地の設定、一方的関税協定及治外法権要求等の諸問題に面せざるを得ざりき。

 然れども日本は内政上の改革に依り、自己の近代的要求の標準を西洋の標準まで高める事に依り、及び外交交渉に依り、之等の諸問題を解決せり。日本に依る西洋諸思想の同化は未だ完全ならざるやも知れず、又、相異する時代の新旧思想間の軋轢は、時に之をみることあるやも知れず。

 然れども、日本が自己の古き伝統の価値を減ずることなく、西洋の科学と技術を同化し西洋の標準を採用したる速度と完全性は偏く賞嘆せられたり

「匪賊は支那においてかつて絶えたることなし。理由は、適当なる交通および通信の便を欠き政権がこれを討伐することが困難であること。政権の悪政の結果として支那に頻発する騒擾、叛乱。近時においては給料不渡りにして他に生活の途を樹立することを得ず、かつ内乱に従事して掠奪に慣れた兵卒もまた匪賊の源なり。
 支那の各地において、匪賊を増加せしめる他の原因は洪水と旱魃なり。これは常時的に発生し、飢饉と匪賊を随伴する。問題は急増する人口の圧迫に依り悪化した」

「日本は支那の最近接せる隣国にして、かつ最大なる顧客なるをもって日本は本章において記述せられたる無法律状態に依り他の何れの国よりも苦しみたり。支那における居留外人の三分の二以上は日本人にして満州における朝鮮人の数は約八十万を算す。故に現在の状態において支那の法律、裁判および課税に服従せざるべからずとせば、之に依り苦しむ国民を最も多く有する国は即ち日本なり

 日本はその条約上の権利に代わるべき満足なる保護が期待し得られずにおいては、到底支那側の願望を満足せしめることは不可能に感じたり」


 リットン調査団が日本を「侵略国」と認定し、国際連盟が「侵略国」の日本に対する制裁措置を発動することは、本来は中華民国が行使した「戦争に代わる抗敵手段」によって法益を侵害された被害国である日本国を懲罰し、国際法を蹂躙した加害国である中華民国を擁護することとなり、結果として、国際条約の効力を一方的に否定する革命外交や、武力攻撃や武力侵入を形成しない違法な外国民および外国貨排斥運動が世界中に蔓延することは、火を見るよりも明らかだったからであろう。

 そして残念ながらガリュースの批判は連合国(国連)憲章にも当てはまる。連合国憲章はあらゆる国際紛争を平和的に解決する手段を整備できておらず、連合国憲章第51条の「武力攻撃の発生」を形成しない国際法違反行為や平和に対する脅威が未解決のまま残り得る。

 そのとき武力攻撃の発生を形成しない国際法違反行為あるいは平和に対する脅威に直面する主権国家の政府は、それらから自国を防衛するためには、連合国憲章第51条が許容する自衛権を逸脱して軍事力を行使し、他国のそれらを排除せざるを得なくなるのである。

 だから我が日本国および日本国民が満州事変を反省するならば、主権国家の武力行使を連合国憲章第51条の容認する「自衛権」に限定するために、未発効に終わった1924年のジュネーブ議定書を参考にしながら、あらゆる国際紛争を平和的に解決する国際法上の制度の整備に尽力しなければならないはずである。

 しかし現実の日本国内には「平和をプラトニックな願望や、根のない気まぐれや、抽象的な宣言や、言葉やジェスチャーで安直に入手できる」と信じる幼稚きわまりない老人や学生が増殖するばかりである。彼等は、 国際法の古典的名著国際法上の自衛権を知らず、これを理解する知能と情熱を持っていないのであろう。

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posted by 森羅万象の歴史家 at 00:00| 国際法 | 更新情報をチェックする