2016年08月16日

山中伸弥教授が教えてくれた栄誉の源泉の所在(大日本帝國憲法第十五條)−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 文化の日の2012年11月3日、文化勲章の親授式が皇居で行われ、受章者らが喜びを語った。ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥教授は「きょうのこの日が、一番光栄な瞬間であり、陛下から文化勲章をいただいた時の感激は、一生忘れることはないと思う」と語った。

 山中伸弥教授は、世界で初めて再生医療を飛躍的に発展させるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功し、人類史に燦然と輝く偉業を成し遂げただけでなく、依然として我が日本国の栄誉の源泉が天皇陛下であることを証明したのである。
 山中伸弥教授は本当に日本人らしい偉大な日本人である。科学技術振興費を事業仕分けにかけ山中教授を憤激させた民主党は滅亡すべきである。続きを読む
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2016年07月12日

伊藤博文の憲法観−大日本帝國憲法とザ・フェデラリスト第49編「権力簒奪防止策」

 金子堅太郎、井上毅、伊東巳代治は憲法起草の方針について協議し、伊藤博文は以下の7つの起草原則を決定して彼ら三人に訓示した。

第一、皇室典範を制定して皇室に関係する綱領を憲法より分離する事

第二、憲法は日本の国体および歴史に基づき起草する事

第三、憲法は帝国の政治に関する大綱目のみに止め、その条文のごときも簡単明瞭にし、且つ将来国運の進展に順応するよう伸縮自在たるべき事

第四、議院法、衆議院議員選挙法は法律をもって定むる事

第五、貴族院の組織は勅令をもって定むる事ただしこの勅令の改正は貴族院の同意を求むるを要す

第六、日本帝国の領土区域は憲法に掲げず法律をもって定むる事

第七、大臣弾劾の件を廃し上奏権を議院に付与する事

 金子堅太郎は、第三原則について次のように解説している。

 第三、欧米各国の憲法は多くは帝王の圧制を検束し、又は人民の権利を保護する為に制定せられたものであるから、その条項は頗(すこぶ)る多数にして、議員の資格権利、議事の方法等に至るまで詳細明記している。

 しかしながら我が憲法においてはこれ等の条項は憲法付随の法律、勅令に譲り、憲法には帝国政治の大綱目のみに止め、又その条文のごときも簡単明瞭を主とし、将来国運の発展に伴い、伸縮自在「フレキシビリティー」にして、しばしば憲法の改正を要せざるように起草せられた(金子堅太郎著1938年版憲法制定と欧米人の評論116〜120頁。133〜141頁)。


 我が国は、この第三原則が帝國憲法にもたらした伸縮自在の運用性(フレキシビリティー)を活かして帝国憲法の改正を待つことなく、軍部大臣武官文民制度(内閣官制第9条の解釈変更により、文民総理大臣の原敬と浜口雄幸が海軍大臣を兼任した)、政党内閣、普通選挙、陪審制、女性参政権等を実現した。

 この帝国憲法起草方針の第三原則は、伊藤博文の独創ではなく、伊藤の座右の書「ザ・フェデラリスト」第49編「権力簒奪防止策」である。続きを読む
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2016年04月01日

芦部信喜をウソ吐きに変える鈴木安蔵の大日本帝国憲法への賛辞

 筆者は、伊藤博文が枢密院議長として枢密院帝國憲法制定会議列席者に配布した大日本帝国憲法原案付属文書の注解と参照を読み、伊藤と井上毅ら四人が行った憲法調査の高度な質と膨大な量に驚嘆感激し、帝国憲法こそ我が日本国に相応しい唯一無二の正統憲法たることを確信した(議員と学者と教師の真贋を鑑定するための試験問題−大日本帝国憲法の参考憲法はどれか参照)。この評価は筆者と同じく注解と参照を読んだ鈴木安蔵の帝国憲法への賛辞と同じなのである。続きを読む
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2016年03月10日

朝鮮人へ貴族に立身出世する機会を付与した貴族院令

 大日本帝国では、朝鮮人が陸軍中将や衆議院代議士や貴族院議員に立身出世していた。

貴族院令(昭和20年勅令第193号による改正後、昭和21年勅令第350号による改正前の戦前期の条文)

第一条 貴族院ハ左ノ議員ヲ以テ組織ス
 一 皇族
 二 公侯爵
 三 伯子男爵各々其ノ同爵中ヨリ選挙セラレタル者
 四 国家ニ勲労アリ又ハ学識アル者ヨリ特ニ勅任セラレタル者
 五 帝国学士院ノ互選ニ由リ勅任セラレタル者
 六 東京都北海道樺太各府県ニ於テ土地或ハ工業商業ニ付多額ノ直接国税ヲ納ムル者ノ中ヨリ一人又ハ二人ヲ互選シテ勅任セラレタル者
 七 朝鮮又ハ台湾ニ在住スル者ニシテ名望アル者ヨリ特ニ勅任セラレタル者


 上記の貴族院令第一条四項五項六項七項に基づく爵位を有さない勅任の貴族院議員は、爵位を有する華族と同じく貴族であったから(詳細は現在の日本国に本当に必要な改革は公選議院の弊害を抑制する上院の再生(大日本帝國憲法第三十四條)−明治流憲法学奥義秘伝の原稿参照)、大日本帝国憲法第三十四條および之に基づく貴族院令は、朝鮮人および台湾人(当時はいずれも大日本帝国臣民、臣民とは君主国の国民のこと、因みに市民は共和国の国民のこと)にも貴族に立身出世する機会を付与していたのである。

 しかし今日の我が日本国では、ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥教授でさえも、公選議院の弊害を抑制する貴族(勲功華族あるいは勅任の貴族院議員)になれない(詳細は山中伸弥教授が教えてくれた栄誉の源泉の所在(大日本帝國憲法第十五條)−明治流憲法学奥義秘伝の原稿参照)。GHQ製日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)第十四条二項が日本国民から貴族に立身出世する機会を剥奪しているからである。
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2015年05月02日

イギリス法に由来する帝國憲法五十五條の大臣と責任(ダイシー)

 伊藤博文が枢密院帝國憲法制定會議に提出した帝國憲法原案附屬資料の第五十六條「參照」に拠ると、大日本帝國憲法義解第五十五條解説にある一節「蓋し國務大臣は内外を貫流する王命の溝渠なり」は、ダイシーの著作からの引用文であり、イギリスの慣習法に由来している。続きを読む
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2015年04月06日

不毛な戦争責任論争に終止符を打つ帝國憲法第五十五條と昭和天皇の御聖断

 昭和20年(1945)8月14日午前10時50分から始まった御前会議において、昭和天皇に対し、鈴木貫太郎内閣総理大臣は、閣議では約八割五分がポツダム宣言およびバーンズ回答の受諾に賛成しているものの全員一致を見るに至らず、重ねて叡慮を煩わせる重罪を陳謝した後、改めて反対の意見ある者より親しく御聞き取りの上で重ねて御聖断を仰ぎたい旨を申し上げた。

 昭和天皇は内閣国務各大臣の輔弼に依り大権を行使する立憲君主であったから、鈴木総理大臣の助言を受け容れ、御自身の御考えを述べられた上でポツダム宣言およびバーンズ回答の受諾を表明された(終戦工作の記録下488〜489頁)。

 しかし昭和天皇の御聖断が我が国の国家意思として確定するには、昭和天皇が臣民に我が国がポツダム宣言を受諾し連合国に有条件降伏することを告げる所謂「終戦の詔書」に鈴木内閣閣僚全員の副署(同意のサインつまり承認)が必要であった(大日本帝國憲法第五十五條および内閣官制第五條)。続きを読む
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2015年01月30日

違憲有効界改憲派の厚顔無恥に御用心!真正の法力(憲法の非常事態対処能力)再生方策

 大日本帝國憲法には、軍隊に関する規定すなわち第十一條(統帥大権)、第十二條(編成大権)、第二十條(兵役の義務)、第三十二條(軍人の権利制限)、第六十條(軍法会議など特別裁判所の管轄)の他に、以下の非常事態対処規定がある。

第八條(議会閉会時の緊急勅令)
第十四條(戒厳の布告)
第三十一條(天皇の非常大権)
第七十條(議会召集不可能時の財政上必要の処分)
第七十五條(摂政設置時の典憲改変の不可)

 第七十五條は、1907年ハーグ陸戦法規第四十三条やこれに準拠する1946年フランス憲法第九十四条「本土の全部もしくは一部が外国軍隊によって占領されている場合は、いかなる憲法改正手続きも、着手され、または遂行されることはできない」と同じ役割を果たす優れた規定である。

 帝國憲法第七十五條「憲法及皇室典範は摂政を置くの間之を変更することを得ず」の立法趣旨は、摂政が置かれる期間を國家の「変局時」と認識し、國家変局時の憲法及皇室典範の変更を禁じると同時に、憲法改正の発議が天皇の専権事項であること(帝國憲法勅語)を担保して、天皇以外の者が発議する憲法の改正を禁じているのである。

 これは帝國憲法各条項の立法趣旨すなわち正当解釈を詳述する憲法義解に読めば一目瞭然となる。

「恭て按ずるに、摂政を置くは國の変局にして其の常に非ざるなり。故に摂政は統治権を行うこと天皇に異ならずと雖、憲法及皇室典範の何等の変更も之を摂政の断定に任ぜざるは、國家及皇室に於ける根本条則の至重なること固より仮摂の位置の上に在り、而して天皇の外何人も改正の大事を行うこと能わざるなり。」(伊藤博文著憲法義解第七十五條解説)

 敵国軍隊が日本国本土を占領し敵国の戦略に沿い帝國憲法を改変することは、敵軍が天皇からその専権である憲法改正発議権を簒奪することを意味する。この期間は、天皇が病気その他の事故により憲法改正発議権を行使できない「摂政を置くの間」と同等以上の国の変局時である。かかる非常時に天皇以外の者(敵国軍隊であるGHQ)が帝國憲法を改変したことは第七十五條の二重違反にあたり、無効である。

 大日本帝國憲法には、非常時の危機から、皇室、国民、憲法、それらを包含する日本という国家の存立を護るための多重防範が既に備わっている。しかもそれは関東大震災と東京大空襲の際に無政府状態の発生を未然に防いだのである。

 明治天皇、伊藤博文、勝安芳(海舟)、榎本武揚をはじめ枢密院帝國憲法制定会議に参加した明治の偉人達は、それまでに幕末の動乱をくぐり抜け、約二百六十年続いた徳川幕府の終焉を見届け、戊辰戦争と西南戦争という本土決戦を経験した。

 彼等は世の無常を熟知しており、地方行政の麻痺、議会の召集不能、中央政府の崩壊、敵軍の占領といった非常事態の発生を想定し、それらに対処するための法力(憲法の非常事態対処能力)を帝國憲法に盛り込まざるを得なかった。

 東日本大震災の発生以後、保守風味の有効界改憲派は日本国憲法の欠陥として非常事態対処規定の不備をあげつらい、これを盛んに批判している。
 帝國憲法違反のGHQ製日本国憲法を有効な最高法規として罷り通らせている当事者の彼らが今さら日本国憲法の欠陥を批判するのは厚顔無恥の所業ではないか。

 さらに、もし違憲有効界改憲派の学者と政治家が日本国憲法の欠陥を批判しながら、帝國憲法第七十五條や1946年フランス憲法第九十四条と同じ立法趣旨を持つ非常事態対処規定を日本国憲法の改正案に盛り込まないとすれば、彼等は空想虚言癖を持つ無恥蒙昧な愚人である。

 彼等は、我が国が大東亜戦争に大敗北したことを省みず、またサンフランシスコ講和条約の発効から六十年が経過した今日においても我が国が日本国憲法という名のGHQ(占領軍)の桎梏に苦悶していることを省みることなく、今だに神州不滅思想を持つ愚人の群れである。

 ここでいう神州不滅思想とは、「我が国が再び戦争に敗れ、敵軍が再び我が国を軍事占領し敵国の都合の良い様に我が国の憲法を改変するという非常事態は、今後絶対に有り得ない、起こり得ない」と意識的あるいは無自覚に決め付ける思考である。

 改憲派が神州不滅思想をもって憲法の非常事態対処規定の再生を試みることは、2011年3月11日以後の東電と日本政府が巨大地震、巨大津波、原発のメルトダウン、メルトスルーの再発を想定することなく今後の防災体制を構築するに等しい愚行である。

 この愚行は、神州不滅思想を抱く者が想定しない非常事態が不幸にも発生し終了した後に、日本国民が敵軍による日本国憲法の改変の無効を宣言して正統憲法の復元(正統憲法の事後救済−詳細はこちら)を実現するための憲法上の法的根拠を、次世代の日本国民から剥奪する暴挙であり、我が国の未来に対して余りに無恥無謀無責任である。

 もし違憲有効界改憲派がそのことを恥じて神州不滅思想を捨て去り、日本国憲法の改正案に帝國憲法第七十五條や1946年フランス憲法第九十四条と同じ立法趣旨を持つ非常事態対処規定を盛り込み、この規定に違反する憲法改変の無効を宣言すれば、これは自動的に彼等の日本国憲法無効宣言となる。

 結局のところ日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)こそ真正の法力(憲法の非常事態対処能力)再生なのである。

 大日本帝國憲法は枢密院帝國憲法制定会議に参集した明治の偉人達の叡智の結晶であり、日本国憲法の桎梏から我が国を解放する偉大な法力を持っている。

 枢密院帝國憲法制定会議が終局を迎えようとしていたとき、金子堅太郎は、顧問官の勝安芳が枢密院の審議中に帝國憲法原案に対して一言も意見を述べないことを不思議に思い、勝に沈黙の理由を質したところ、勝は次のように答えた。

「伊藤はかつて国会尚早を唱え、後ドイツに遊び教えを其の国の碩学に受けたから、必ずビスマルク一流の圧制的憲法を立案するに相違ないと想像して居たから、事前に之を匡救したいと思って数次意見も述べたが、さて愈々(いよいよ)配布された草案を見ると案に相違し、さらさらと読めて淀みがなく実に上々の出来栄え、批点の打ち所がないか或いは何処にか瑕瑾がありはせぬかと諸君の議論を聴くのを楽しみにして毎回出席して居るが、未だかつて一つも之を見出さぬから沈黙して居る次第だ」(林田亀太郎/明治大正政界側面史)

 日本国民は、占領憲法の正體−新無効論が詳述する13の無効理由を広め、日本国憲法無効・帝國憲法復元改正論を支持する西田昌司参議院議員を応援し、明治の偉人達の叡智を素直に相続すべきである。
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2015年01月23日

橋下徹は不要!日本国に適合する上院の構成

 帝國憲法草案第三十四條は、枢密院における第一審会議第三読会と第二審会議第二読会によって「貴族院は貴族院令の定むる所に依り皇族華族及勅任せられたる議員を以て組織す」と修正された。この修正案が明治天皇の御裁可を得て大日本帝國憲法第三十四條となった。

 枢密院帝國憲法制定会議の審議では、貴族院議員の資格選任特権等が法律ではなく勅令によって定められることの是非が争点となった。続きを読む
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現在の日本国に本当に必要な改革は公選議院の弊害を抑制する上院の再生

 我が国の国会が日本国憲法無効・大日本帝國憲法現存(有効)の確認決議を行う場合、その直後に、天皇陛下が、貴族院が無く帝國議会の召集が現状不可能であることに鑑み、帝國憲法第八條および第五十五條に基づき内閣の輔弼と副署(同意のサイン)に依り、法律と同位規範である緊急勅令を発し、マッカーサー占領軍憲法から有害無益な部分と帝國憲法と明確に矛盾する部分を削除したものを、五年程度の有効期間を持つ憲法臨時代用法として用いるための「憲法復元措置基本法」を制定する。

 そして我が國は、可及的速やかに枢密院官制や貴族院令(いずれも勅令)の復元ないし新定を行い、貴族院、枢密院、大審院など欠損している機関の復元ないし代行機関の設置の検討等に入るのだが、おそらく貴族院の復元再生は容易であろう。

 なぜなら天皇は、帝國憲法第四條および第三十四條に基づき内閣の輔弼に依り、山中伸弥教授をはじめとして、皇族華族ではない國の功労者と学識者を貴族院議員に勅任できるからである。

 帝國議会の召集が現状不可能であっても、すでに大日本帝國憲法にある優れた非常事態対処規定の活用が帝國憲法の復元措置を可能にする。続きを読む
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2014年12月09日

現代日本に甦る美濃部達吉の遺言−立憲議院内閣制の理想型

 伊藤博文ら大日本帝國憲法原案起草者は、憲法の改悪に伴う国体の毀損を未然に防止するために、憲法には帝國政治の大綱のみを明示し、それ以外の細目は憲法に付随する法律と勅令に譲り、我が国が法律と勅令を変更することにより憲法の改正を待つことなく国運の発展と時代の変化に即応するための伸縮自在の運用性(フレキシビリティ)を帝國憲法に持たせ、できるだけ憲法改正が不必要になるように努めた。

 だから帝國憲法は内閣総理大臣を含めた國務大臣の就任資格を明示していない。そこで帝國憲法の施行後、明治維新の元勲から成る元老会議が帝國議会の内外から内閣総理大臣候補を選定して天皇に奏薦し、最後の元老である西園寺公望の晩年すなわち昭和十二年六月の第一次近衛内閣の発足時からは、常侍輔弼の内大臣と内閣総理大臣の経験者らから成る重臣会議が奏薦の任に当った(山崎丹照著/内閣制度の研究297〜326ページ内閣の首班奏薦の方式)。

 この慣行は憲法違反ではないとはいうものの、帝國憲法に規定されていない組織の元老会議と重臣会議が内閣総理大臣候補の奏薦を行っていたことは、やはり立憲政治において好ましくなかった。

 また朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実の同志であった近衛文麿は、我が国の立憲自由主義的議会制デモクラシーを破壊しながら支那事変を拡大長期化させ我が国を対米英戦争へ追いやった日本憲政史上最凶の総理大臣であった(近衛文麿の戦争責任)にもかかわらず、第三次近衛内閣の総辞職後も重臣の一人として新しい内閣総理大臣の選定と奏薦に関与し続けた。これが我が国の針路を誤らせた。

 これは、あたかも憲政史上最低の内閣総理大臣となったルーピーこと鳩山由紀夫が鳩山内閣の退陣後も延々と政界の重鎮として新総理大臣の選定に大きな影響力を及ぼし続けることに等しい、我が国の大失態であった。

 しかし我が国がこの政治的な大失態の再発を防止するためには、帝國憲法を改正して憲法に議院内閣制を明示する必要は無かった。立憲政治に好ましくない帝國憲法の運用を改めれば充分であった。すなわち重臣会議に代わり帝國議会衆貴両院が各々上奏権(帝國憲法第四十九條)を活用して内閣総理大臣候補を天皇に奏薦すれば良かったのである。続きを読む
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2014年11月20日

「憲政の神様」尾崎行雄の帝国憲法擁護論

 ある特定政党が有権者を騙し衆参両院の単独過半数の議席を確保したら、それは、ほぼ合法的一党独裁の成立である(日本国憲法下の異常な権力集中現象参照)。続きを読む
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2014年11月15日

国民主権より古い日英のデモクラシーの起源を語る帝國憲法第三十條−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 本来「唯一最高無限独立」あるいは「無制限の絶対権力」を意味する主権という概念は、フランス国内の邦建勢力と、フランス国外の神聖ローマ皇帝およびローマ教皇に対するフランス王の闘争を正当化するために、1576年に、神学者のジャン・ボーダンによって作られた概念であり、主意主義神学の神概念が世俗化されたものである。

 主意主義神学によれば、神は世界を超越しており、世界およびその法則は神の意志、神の恣意によって創られる。地上の主権者も法秩序を超越した存在であり、法秩序は主権者の意思、主権者の恣意によって創られるが、法秩序を超越する主権者自体はその秩序に拘束されない。神が奇蹟によって世界の法則を破るように、主権者も国家緊急権によって法を破ることができるというのである。

 要するに、主権は、唯一絶対の超越神を崇拝するユダヤ・キリスト教の世界観から16世紀のフランスに誕生した概念であり、ジャン・ボーダンはフランス王を唯一絶対の超越神に擬して君主主権論を提唱し、それから213年後の1789年に、ルソー信徒であった僧侶のシェイエスが君主主権論の「君主」を「国民」に置き換えたのである。それがシェイエスの「第三身分とは何か」が説く革命的制憲論の正体である。

 もちろん、いずれも法の支配とも立憲政治とも全く相容れない概念である。

 敗戦後の日本では、日本版フランス暴力革命を起したくてたまらない左翼系学者や、シェイエスの革命的制憲論を借りて国際法違反にして帝國憲法違反の日本国憲法の制定を正当化する違憲有効界の魑魅魍魎たちが、主権の由来と定義と沿革を説明しないまま、国民主権を美化しており、多くの日本国民は、デモクラシーがあたかも国民主権と一体不可分の関係にあるかのように錯覚している。

 しかし日英のデモクラシーの起源は、フランスの国民主権より、はるかに古いのである。国民に主の権があるとは余りに傲慢不遜な思想で、天主の怒りを招き、国家を破滅させるのみである。
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2014年03月15日

ゴジラが日本の領海に浮上した時の政府の権限(帝國憲法第七十條)−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 大日本帝國憲法起草者の一人である金子堅太郎から帝國憲法のコメンタリー「憲法義解」の英訳を贈られたマサチューセッツ州の大審院判事オリバー・ウェンデル・ホームズ(元ハーバード大学教授、金子堅太郎の師、のちにアメリカ連邦最高裁判所判事)は帝國憲法を次のように評した。

「この憲法は予の観察する所によれば、古来専制の君主権を制限して人民に参政の権利を与えられるものなり。其の之を制限し其の之を付与するに付きこの憲法は明に君主権を制限する箇条を示し、また詳らかに人民に附与せし権限をも明文に記載せり。而して其の不文に属し明瞭に記載せざるものは往古の如く悉く天皇の旧来継承せらるる大権に属するものなりとの主義を採るて起草せられたるが如し。

 そもそも憲法政治とは一国の政治を処理する機関の配置及び権限を明確にし、之を主管又は執行する軌轍を明示し、その確定したるものは天皇といえども濫りに之を変更することを得ざるの政体を云う。而して其の機関の中において人民もまた政治上に参与するの権限を得たるの政体を云う。

 然れども其の参政の程度及び権限は広狭は各国古来の歴史習慣等によりて定まるべきものなり、故に甲国においては参政の程度広大にして乙国においては其の区域の狭小なるものあり。これ全く各国の習慣及び歴史より生ずるものなり。これ憲法に付いては一定の原理なき証拠なり。

 然れども其の参政の区域の広狭に拘らず憲法を以て帝王の専横を検束し、人民に参政の権利を与えたる政府なれば之を称して立憲政府と云わざるを得ず。日本憲法はこの理を看破せられたるものと予は断言せんと欲す。  

 又日本憲法は天皇の大権のある部分を拘束して本年よりは日本人民に政治上の生命を与えられ、而してこの政治上の生命は古来いまだかつて存在せざるものなり。この政治上の生命あれば即ち其の政府を称して立憲政府と謂わざるを得ず。日本政府においてこの論理を採用せられたるは予がもっとも感服する所にして、賢明なる政治家の所為と言わざるを得ず。」(金子堅太郎著憲法制定と欧米人の評論1938年)


 憲法は「一国の政治を処理する機関の配置及び権限、之を主管又は執行する軌轍」の中でも特に非常事態において国家の存立と国民の生命を守るための政府の権限とこれを行使するための手続きを明示しなければならない。非常時の政府は国家的な危機を克服するために平時の政府より強大な権限を行使せざるを得ないからである。憲法がそれに一定の歯止めをかけることこそ立憲政治である。

 帝國憲法第七十條の「帝國議会の召集不可能時の緊急の需要ある場合における勅令に依る財政上必要の処分」は立憲政治の模範である

 政治家を志す日本の若者は、「日本をカエル」とか「ミーンィの尊重」とか叫ぶ前に、帝國憲法を学び、枢密院帝國憲法制定会議に結集した偉大な明治の先人たちの叡智や政治哲学をすべて吸収すべきである。続きを読む
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谷垣禎一自民党総裁が無視した大日本帝國憲法の租税法律主義(第六十二條)−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 天皇の政府が臣民に対して新に租税を課し或いは税率の変更を行う際は、勅令ではなく必ず法律をもってそれらを定めなければならない(帝國憲法第六十二條)。

 ゆえに衆議院が政府の増税計画に反対し、新規の課税と税率の変更を行うための政府提出の法律案を否決すると、政府は増税を行うための新規の課税と税率の変更を実施できない。すなわち帝國憲法第六十二條は帝國議会の協賛(承認)を経なければならない法律事項であるがゆえに帝國議会の認可事項であり改正可能事項である。これを租税法律主義という

 日本人は帝國憲法第六十二條の立法趣旨を尊重し、国民を不幸のどん底に陥れるデフレ不況下の消費税の引き上げに反対すべきである。続きを読む
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2014年03月14日

菅直人民主党政権の防衛省事務次官通達(安住淳通達)は帝國憲法第二十九條違反−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 仙谷由人(当時官房長官)は2010年11月17日の記者会見で、防衛省が自衛隊施設での民間人による政権批判発言を封じ込める事務次官通達を出したことについて理解を示し、言論封殺には当たらないとの認識を表明した。

 仙谷は「どのような政治的な議論が、自衛隊の公開の場でどこまで許されるのか。シビリアンコントロール(文民統制)の上から防衛省で規律を保持することは、防衛相の責務だ」と語った。

 仙谷由人はまた、「外部の人がどこまで言っていいのか。『政権をつぶす』とは相当、荒々しいことであるのは間違いない」と指摘し、民間人であっても一定の発言制限は必要だとの考えを示した。

 大日本帝国陸軍の傑作機「100式司令部偵察機」のパイロットにして民間団体「航友会」会長の荻野光男(88)さんが痛烈な政権批判を行った後、菅直人民主党政権が出した防衛省事務次官通達(実態は当時防衛副大臣であった安住淳通達)は、行政命令による言論の自由の制限を禁止する大日本帝国憲法第二十九條違反である。続きを読む
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帝國憲法復元後の新生日本國防軍の編制は伸縮自在−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 日本感謝党本部に属するマッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)有効廃憲派?らしい人がいのししさんに以下のように噛み付いてきた。当人は日本国無効論帝國憲法復元(有効論)の矛盾を付いているつもりらしい。

 日本国憲法が無効であるのであれば、昭和20年、同21年においても立憲国家を標榜していたのでありますから大日本帝国憲法が有効であって現在でもそうあるべきです。であるならば日本国民は同憲法の20条の兵役の義務を負っていることになります。

 当然当局に「徴兵検査」を実行する請求しなければなりません。当局が無視するならば司法当局に訴えでなければなりません。同憲法においては国民は「告訴権」を有しているのでありますから。これはどうでしょうか。


 大日本帝國憲法第二十條が臣民(君主国の国民)に課す兵役義務は、あくまで帝國議会の協賛(承認)を経た法律の定めに従わなければならないのだから、帝國憲法下においても、臣民の兵役義務の具体的内容を定める兵役法が帝國議会によって可決されなければ、臣民は兵役義務を負わない。負いようがない

 従って日本国民には、当局に「徴兵検査」の実行を請求する義務も、「告訴権」なるものを行使して司法当局に訴え出る必要もない。

 災害対策基本法第71条(都道府県知事の従事命令等)があるから日本国民は災害時の徴用義務を既に負っており、徴兵制を定める兵役法がないから今のところ徴兵検査がない。ただそれだけでのことある。

 大日本帝國憲法第二十條は必ずしも「徴兵制の施行」を政府と議会に要求せず、帝國憲法の復元は直ちに徴兵制の復活とはならない続きを読む
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小林よしのりを圧倒する伊藤博文の叡智−帝國憲法第四十九條議院上奏権の意義

 大日本帝国憲法を非民主主義的憲法と信じ込んでいる戦後民主主義者(マッカーサー占領軍憲法体制の賛美者)に対して、明治流憲法家は帝国憲法第四十九條(議院上奏権)の意義を説明すべきである。

 元老会議や重臣会議に代わり、衆貴の両議院が第四十九條に依り天皇に対して内閣総理大臣に相応しい見識ある人物を奏薦し、政戦両略の達人への組閣の大命降下を請願するようになれば、これ即ち帝国憲法下の議院内閣制の完成である続きを読む
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日本国憲法の欠陥はフランス憲法(1791年)第146条に似る−緊急勅令の意義

 日本国憲法第54条(衆議院解散時の参議院の緊急集会)は大日本帝國憲法第八條と似て非なるものである。帝國憲法第八條は、衆院解散時に参議院の緊急集会が不可能となる非常事態や、衆院解散時に非ざる国会の閉会中に臨時会の召集が不可能となる非常事態において、政府に國家の存立と國民の救済を図るために必要な緊急立法措置を講じる権限を与えるものである。

 マッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)には大日本帝國憲法第八條および第七十條(緊急勅令)に相当する条項がない

 この日本国憲法の欠陥は、伊藤博文ら帝國憲法原案起草者たちが反対参照(反面教師)にしたフランス憲法(1791年)第146条に似ている。

 明治流憲法秘奥義を知る者は、マッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)とそれを正当化する違憲有効界のインチキ憲法学者どもの憲法解釈学を生真面目に勉強するのがアホらしくなる。続きを読む
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2014年03月13日

国民の参政権から浮かび上がる自由民権運動の真実と日本国憲法の弱点−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 筆者は大日本帝国憲法と明治の自由民権運動を代表する交詢社系の憲法私案を比較して、意外な事実に遭遇した。それは参政権に関して帝国憲法は交詢社系憲法私案より手厚く民権の拡大を擁護していることである。続きを読む
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明治流憲法学奥義秘伝の原稿−君主の裁可公布権

 枢密院帝国憲法第六條草案参照にある「人あるいは国王制可の権(法律を裁可する権、裁可しない権)、暴横に病むという者ありといえども、また代議員横断の甚だしきに至らず。何となれば国王及大臣は事業経験の力多ければなり」は、日本政治の現状に照らして至言である。

 枢密院帝国憲法制定会議史料が我々に示す明治流憲法学の奥義は、伊藤博文ら帝国憲法起草者が欧米の憲政史を徹底研究して立法部による権力侵害の危険性とくに代議院の横暴を熟知し、これを抑制するために、君主(天皇)に法律を裁可しない権(拒否権いわゆるベトー)を持たせ、立法承認権と予算承認権という強大な権限を持つ議会を衆議院と貴族院に二分割して、自由を維持する権力分立均衡型の立憲統治の構築に努めていたということである。続きを読む
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