2014年03月10日

デタラメな自民党国防族の石破茂が黙過する自衛隊の致命的な弱点

 自民党随一の国防通とされている石破茂氏の提案に我が国防衛の致命的な弱点が現れている。続きを読む
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2014年03月07日

小林よしのりの欺瞞-天照大神は男系(父系)の女神

 皇室典範は皇位継承の法(ルール)であるから、当然のこととして神武天皇以降に自生的に形成された皇位継承に関する慣習に拠っている。皇祖神である天照大神が女神であることは皇位継承のルールと無関係である。

 だから女系天皇を容認する根拠として天照大神が女神であることを持ち出した田中卓や小林よしのりは、皇位継承の慣習を知らないのか、井上毅の皇室典範義解を読んだことがないのではないのか。筆者はそのように漠然と考えていたら、何と帝国憲法擁護派の憲法学者である小森義峯教授も「正統憲法復元改正への道標」に同じことを書いているのだから、事態は深刻である。

 井上毅をはじめ、旧皇室典範の成立に携わった者は頻りに「男系が古来の伝統」と主張するが、皇祖天照大神は、記紀によれば、女性(女神)なのだから、日本の皇室は、その原点において、すでに「女系」であることを忘れてはならない(正統憲法復元改正への道標103~104ページ)。

 もし女神の天照大神が、人間の男と契りを結んだ女神の子でありながら、人間ではなく天津神になったというなら、天照大神は女系(母系)の女神だといえるだろう。しかし天照大神は男神の伊弉諾尊の汚れた左眼から誕生したのだから男系(父系)の女神である。

日本書紀-黄泉の国

 その後、伊弉諾尊(いざなきのみこと)は伊弉冉尊(いざなみのみこと)を追いかけて、黄泉の国まで行って話し合われた。そのとき伊弉冉尊がいわれるのに

「わが夫の尊よ、いらっしゃるのがなんとも遅すぎました。私はもう黄泉の国の食物を食べてしまいました。そして私はもう寝ようとするところです。どうか寝姿を見ないで下さい」と。

 伊弉諾尊は聞き入れられないで、こっそりと爪櫛をとってその端の太い歯を欠き、手灯として見ると、膿が流れ、うじが湧いていた(中略)。

 このとき伊弉諾尊は大いに驚いていわれるのに、「私は思いがけぬひどい汚い国にやってきた」といって急いで逃げて帰られた(中略)。

 伊弉諾尊が帰られて悔いていわれるのに、「私はさきにひどく汚い所に行ってきた。だから私の体の汚れたところを洗い流そう」と出かけて、筑紫の日向の川の落ち口の、橘の檍原に行かれて、禊ぎはらいをされた(中略)。

 それから後、左の眼を洗われると、お生まれになった神を、天照大神(あまてらすおおみかみ)という。また右の眼を洗われると、お生まれになった神を、名付けて月読尊(つくよみのみこと)という。また鼻を洗われるとお生まれになった神を、名づけて素戔嗚尊(すさのおのみこと)という。みなで三柱の神である。

 伊弉諾尊が三柱の子に、任命されていわれるのに、

「天照大神は高天原を治めなさい。月読尊は青海原の潮流を治めなさい。素戔嗚尊は天下を治めなさい」と。

 このとき素戔嗚尊は年も長け、長い髭が伸びていた。けれども、天下を治められなくて、いつも泣き恨んでおられた。そこで伊弉諾尊が尋ねていわれるのに、

「お前はなぜいつもこんなに泣いているのか」と。

(素戔嗚尊が)答えていわれるのに、

「私は母について根の国に行きたいと思ってただ泣くのです」と。

 伊弉諾尊はにくんでいわれるのに、「望み通りしないさい」といって追いやられた(日本書紀(上)全現代語訳30ページ)。


 さらに女神の天照大神が人間の男性と契りを結び男の子を生んだが、その男の子はやはり人間ではなく天津神になったというなら、その男の子は女系(母系)の男神であろう。しかし天照大神の子になった正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊は男神の素戔嗚尊が生んだのだから、男系(父系)の男神である。

日本書紀-素戔嗚尊の誓約

 ここで素戔嗚尊が申し上げられた。

「私は今ご命令に従って、根の国に参ろうとします。そこで高天原に参って、姉にお目にかかり、お別れをしていきたいと思います」と。

 伊弉諾尊は「よかろう」と仰せられたので天に昇られた(中略)。はじめ素戔嗚尊が天に昇られる時、大海もとどろき渡り、山岳も鳴りひびいた。これはその性質が猛々しいからである。

 天照大神は、もとからその神の荒くよからぬことをご存知で、やってくる様子をごらんになると、顔色を変えて驚かれ、「わが弟がやってくるのは、きっと善い心ではないだろう。思うにきっと国を奪おうとする志があるのだろう。父母はそれぞれのこどもたちに命じてそれぞれの境を設けられた。何で自分の行くべき国を棄てておいて、わざわざこんな所に来るのか」といわれ、髪を結い上げてみずらとし、裾をからげて袴とし、大きな玉を沢山緒に貫いたものを、髪や腕に巻きつけ、背には矢入れ、腕には、立派な高鞆をつけ、弓弭を振り立て、剣の柄を握りしめ、地面をも踏みぬいて、土を雪のように踏み散らし、勇猛な振舞いと厳しい言葉で、素戔嗚尊を激しく詰問された。

 素戔嗚尊が答えていわれるのに、

「私ははじめから汚い心はありませぬ。ただすでに父母の厳命があって、まっすぐ根の国に行くつもりです。ただ姉上にお目にかかりたかっただけです。それに雲霧を踏み分けて、遠くからやってきました。思いがけないことです。姉上の厳しいお顔にお会いするとは」と。

 すると天照大神がまた尋ねられ、

「もしそれなら、お前の赤い心を何で証明するのか」と。

(素戔嗚尊が)答えていわれる。

「どうか姉上と共に誓約しましょう。誓約の中に必ず子を生むことを入れましょう。もし私の生んだ子が女だったら、汚い心があると思って下さい。もし男だったら清い心があるとして下さい」と。

 そこで天照大神は、素戔嗚尊の十握の剣を借りて三つに折って、天の真名井で振りすすいで、カリカリと噛んで吹き出し、そのこまかい霧から生まれ出た神を名づけて田心姫(たこりひめ)といった。次に湍津姫(たぎつひめ)。次に市杵嶋姫(いつきしまひめ)。皆で三柱の神である。

 素戔嗚尊は天照大神がみずらと腕に巻いておられた八坂瓊の五百箇の御統(みすまる)を乞われて、天の真名井で振りすすぎ、カリカリ噛んで噴き出し、そのこまかい霧から生まれた神を、名づけて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)という(中略)。皆で五柱の男神である。

 このとき天照大神がおっしゃるに、

「その元を尋ねれば、八坂瓊の五百箇の御統は私の物である。だからこの五柱の神は全部私の子である」と。

(天照大神が)そこで引き取って養われた。またいわれるのに、

「その十握の剣は、素戔嗚尊のものである。だからこの三柱の神はことごとくお前の子である」と。

 そして素戔嗚尊に授けられた。これが筑紫の胸肩君らがまつる神である(日本書紀(上)全現代語訳36ページ)。


 天照大神は、弟の素戔嗚尊が生んだ五柱の男神を引き取り自分の養子として育てたのであって、天照大神の子となった正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の実父は、男神の素戔嗚尊なのである。このことは「素戔嗚尊の誓約」の一書(第三)と「天の岩屋」の一書(第三)によってより鮮明にされている。

(素戔嗚尊の誓約の)一書(第三)にいう。日神が素戔嗚尊と、天安河を隔てて、向かい合って誓約していわれるのに、

「お前がもし悪い心がないならば、お前の生む子はきっと男性だろう。もし男を生んだら私の子どもとして、高天原を治めさせようと」と(中略)。

 さて素戔嗚尊がその左のもとどりにまかれた五百箇の統(みすまる)の瓊(たま)を口に含んで、左の掌の中において、男神を生まれた。そして口上をいって、

「今こそ私が勝ちました」と。

 そこでこの言葉によって名づけて勝速日天忍穂耳尊という(中略)。そのように素戔嗚尊の生んだ子は皆男神である。それで日神は、素戔嗚尊がはじめから赤き心であることを理解されて、その六柱の男神をとって、日神の子として高天原を治めさせた(日本書紀上巻39ページ)。


(天の岩屋の)一書(第三)にいう(中略)。日神がいわれるのに、

「わが弟のやってくるわけは、また良い心からではなかろう。きっとわが国を奪おうというのだろう。私は女であっても、逃げ隠れせぬから」と。

 そして身に武備を装い-云々と。そこで素戔嗚尊は誓約していわれるのに、「私がもし良くない心で上がってくるのだったら、私がいま玉を噛んで生む子はきっと女でしょう。そうだったら、女を葦原中国に降ろして下さい。もし清い心だったら、きっと男の子でしょう。そうだったら、男に天上を治めさせて下さい。また姉が生まれた子も、同じ誓約に従いましょう」と(中略)。

 素戔嗚尊は、ぐるぐると、その左のもとどりにまいていた、五百箇の統の瓊(沢山の玉を緒に通したもの)の緒を解いて、玉の音をじゃらじゃらと、天の渟名井ですすぎ洗い、その玉の端を噛んで左の掌において、生まれた子が、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊である(中略)。

 ここで素戔嗚尊は、日神に申し上げられるのに、

「私がまたやってきましたのは、神々が私の根の国行きを決めたので、今から行こうとするのです。もし姉にお目にかからなかったら、こらえ別れることもできないでしょう。本当に清い心をもってまた参上したのです。もうお目にかかる最後です。神々のみ心のままに、今から永く根の国に参ります。どうか姉君、天上界を治められて、平安であられますよう。また私が清い心で生んだ子どもを、姉上に奉ります」と。

 そして帰っていかれた(日本書紀(上)全現代語訳46ページ)。


 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の名前(古事記では正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊)には、素戔嗚尊が自分に汚い心がない証として誓約どおりに男子(天忍穂耳尊以下五神ないし六神)を生んだ際に、天照大神に対して叫んだ勝利宣言「正しく勝ったぞ、吾(われ)が勝ったぞ、速く勝ったぞ!」が刻まれているのである

 そして正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊が高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘の栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)を娶り、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこににぎのみこと)を生み、高天原から日向の高千穂に降臨した瓊瓊杵尊の曾孫が神武天皇だから、実の皇祖神は男神の素戔嗚尊なのである。

【現皇室の神話上の先祖】

今上天皇⇒(中略)⇒神武天皇(かむやまといわれびこのみこと)⇒ウガヤフキアエズノミコト⇒彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと、山幸彦)⇒天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこににぎのみこと、天孫降臨神)⇒正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)⇒素戔嗚尊(実父)と天照大神(養母)⇒伊弉諾尊(いざなきのみこと)

 だから日本の皇室は、その原点において、すでに「男系」なのである。日本書紀の神話に拠る以上の論理展開が荒唐無稽でナンセンスならば、田中卓、小林よしのり、小森義峯の主張は、もっと荒唐無稽でナンセンスであり、かつ卑劣である。

 彼らは日本の神話に拠りながら、父系女神の天照大神が皇祖神である所以すなわち素戔嗚尊が天照大神と交わした誓約(うけい)を読者に紹介しないからである

 それは、筆者をはじめ戦後生まれの日本人が日本の神話と古代史に疎くなっていることに付け込む悪質な印象操作-旧宮家が明治天皇と昭和天皇の御子孫にあたることを小泉純一郎の有識者会議が隠蔽したことと同じ虚報の詐術であると言わずして何というのか。
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2014年03月05日

日本の死兆星―鳩山内閣の仙谷由人は小ロベスピエール

 エドマンド・バークはフランス革命を次のように評した。

「法は覆され、法廷は破壊され、産業は活気を失い、商業は息が絶え、公収入は支払われずに、しかも人民は貧しくなり、教会は強奪されて、しかも国家は負担から解放されず、市民的および軍事的な無政府状態が王国の基本構造となり、人間的および宗教的なあらゆるものごとが、公債という偶像に犠牲として捧げられて、しかもその結果は国家破産であった。

 あげくのはてに、新しい、あてにならぬ、不安定な力をもった紙幣(1789~96年のあいだフランスで通用したアシニア不換紙幣)、すなわち、貧困の果ての詐欺と乞食の略奪による、信用を失った紙幣が、帝国をささえる通貨として提示され、人類の永続的な約定された信用をあらわす二大公認正貨(金と銀)にとって代わった。この二大正貨をつくりだしたそれらを代表者とした私有財産の原理が、組織的に破壊されたとき、それらは自分たちが出てきた元の大地に、消え失せた。

 これらのすべてのおそるべきことが、必要だったのだろうか。それらは、決意した愛国者たちが、安らかで繁栄した自由の、静かな海岸にたどりつくために、流血と騒擾のなかをぬけることを余儀なくされて、必死に戦ったことの、不可避的な結果なのだろうか。そうではない。まったく、そのようなものではない。

 我々の目を向けうる至る所で、我々の感情にショックを与えるフランスの生々しい廃墟は、内乱の惨禍ではない」


 そしてフランス革命が大惨劇を招いた要因として、バークは、訴訟という小さな戦争を煽動する法律の実務家-弁護士の存在を挙げた

「その会議(国民議会)のきわめて大きな部分が、法律の実務家からなっていることを知ったときの、わたくしの驚きをどうか判断していただきたい。それは、学問と慎慮と誠実とを自分たちの国にささげた、著名な為政者たち、あるいは、法廷の花形たる指導的な弁護士たち、あるいは、名声ある大学の教授たちから、なっているのではなかった。

 そうではなくて、その圧倒的な大部分は、その専門的職業のうちの劣等な、学問のない、機械的な、たんに道具としての、成員からなっていた。そこには顕著な例外があった。しかし、一般的構成は、名の知れぬ田舎弁護士、ちいさな地方司法区の代官、いなかの代言人・公証人、および地方自治体の訴訟関係者の全系列-すなわち、村の揉め事という小さな戦争の、煽動者や指揮者からなっていた。

 わたくしは、この名簿を読んだ瞬間から、続いて起こるべき全ての事を、明白に、そして実際に起こったのに極めて近く、見抜いたのである」(フランス革命の省察


 行政刷新担当相の仙谷由人は、被害者の人権より加害者の人権を重んじ、治安を維持する法律群を敵視する「極左」弁護士の一人である(千葉景子と福島瑞穂も同類である)。続きを読む
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2014年02月09日

永住外国人に地方参政権を付与する法案に抗議する文 金大中と池田大作の密約によって崩される日本城

 永住外国人に地方参政権を付与する法案に反対する文章を書いてみました。政治家および政党に抗議メールを送る方は宜しければ参考文としてご利用下さい。

 日本の政治家どもは、日本海沿岸に住む日本国民漁業関係者の悲願である「日本国が竹島の実効支配を回復すること」を妨害する権利を在日韓国人に与えようとしている!そしてマスゴミは最悪の売国政治家どもを糾弾しようとしない!!続きを読む
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2014年01月30日

質問、民主党の正体は?

正答、中国共産党の下僕です。

民主党の訪中団は、誰がどう見ても、朝貢団です。

台湾を捨ててシナチスと手を結んだ田中角栄をほめ、人道に対する犯罪者シナチスに媚び諂う者は人道に対する共犯者です。

今なお福沢諭吉の脱特亜論の正しさを理解できない者は、日本国に過去のあやまちを繰り返させる国賊です。

日中記者交換協定に従属する新聞社および新聞記者は日本国憲法第12条を蹂躙する者です。
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2014年01月29日

中国共産党=シナチス

 はっきり言おうよ!

 中国共産党は東アジアのナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)であり、現役の人道に対する犯罪党であり、人類の敵だと。

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2014年01月28日

一日も早い旧宮家の皇籍復帰を願います

 秋篠宮悠仁親王殿下御一人に万世一系(皇位の父系相続)の皇統を現在から未来へ繋ぐ重責を負わせることは余りに酷で危険である。

 政治家は一刻も早く旧宮家の皇籍復帰を実現せよ!これは憲法秩序を維持するためにも絶対に必要なのだ!!

<民主党にダマされた有権者を『有賢者』に変える憲法学の名著>

・仙谷由人ら全共闘世代を狂わせた革命幻想を打ち砕く「保守主義の父」かく語りき-新訳 フランス革命の省察-「保守主義の父」かく語りき

・大日本帝國憲法を貫く國体(國の根本規範-國の成り立ちを定める自生的な法秩序)護持の保守主義を理解するための20世紀の名著-理性による社会の設計を目指すデカルト主義的な合理主義を批判し、時間をかけて培われた経験的進化的な視点を重視し、その基盤となる自由社会における法秩序のあり方を提示するルールと秩序―法と立法と自由(ハイエク全集)

<おまけ、大日本帝國憲法暗黒史観を砕く選択問題>

・問題1 1890年11月29日(大日本帝國憲法の施行日)から1947年5月3日(日本国憲法の施行日)までの日本國で実現しなかった政策はどれか。次の中から該当するものを選びなさい。

1、普通選挙法の施行
2、陪審制の施行
3、大政翼賛会の一党独裁
4、婦人参政権の付与

 正解は3。ワイマール憲法は国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の一党独裁を許してしまったものの、大日本帝國憲法はソ連共産党を模倣した大政翼賛会の一党独裁を許さず、近衛新体制運動を推進していた朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実ら近衛文麿の革新幕僚(昭和研究会に参集していた共産主義者)の無法な野望を粉砕した(詳細は近衛新体制を参照)。
 また婦人参政権は1945年12月17日に帝國憲法第三十五條に基く衆議院議員選挙法の改正により実現した

・問題2 伊藤博文、井上毅、金子堅太郎、伊東巳代治が大日本帝國憲法の起草のために参考にした外国の憲法はどれか。次の中から該当するものを選びなさい。

1、プロイセン憲法
2、ベルギー憲法
3、スウェーデン憲法
4、イギリス憲法
5、アメリカ憲法

 正解はこちらです。
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