2016年07月12日

伊藤博文の憲法観-大日本帝國憲法とザ・フェデラリスト第49編「権力簒奪防止策」

 金子堅太郎、井上毅、伊東巳代治は憲法起草の方針について協議し、伊藤博文は以下の7つの起草原則を決定して彼ら三人に訓示した。

第一、皇室典範を制定して皇室に関係する綱領を憲法より分離する事

第二、憲法は日本の国体および歴史に基づき起草する事

第三、憲法は帝国の政治に関する大綱目のみに止め、その条文のごときも簡単明瞭にし、且つ将来国運の進展に順応するよう伸縮自在たるべき事

第四、議院法、衆議院議員選挙法は法律をもって定むる事

第五、貴族院の組織は勅令をもって定むる事ただしこの勅令の改正は貴族院の同意を求むるを要す

第六、日本帝国の領土区域は憲法に掲げず法律をもって定むる事

第七、大臣弾劾の件を廃し上奏権を議院に付与する事

 金子堅太郎は、第三原則について次のように解説している。

 第三、欧米各国の憲法は多くは帝王の圧制を検束し、又は人民の権利を保護する為に制定せられたものであるから、その条項は頗(すこぶ)る多数にして、議員の資格権利、議事の方法等に至るまで詳細明記している。

 しかしながら我が憲法においてはこれ等の条項は憲法付随の法律、勅令に譲り、憲法には帝国政治の大綱目のみに止め、又その条文のごときも簡単明瞭を主とし、将来国運の発展に伴い、伸縮自在「フレキシビリティー」にして、しばしば憲法の改正を要せざるように起草せられた(金子堅太郎著1938年版憲法制定と欧米人の評論116~120頁。133~141頁)。


 我が国は、この第三原則が帝國憲法にもたらした伸縮自在の運用性(フレキシビリティー)を活かして帝国憲法の改正を待つことなく、軍部大臣武官文民制度(内閣官制第9条の解釈変更により、文民総理大臣の原敬と浜口雄幸が海軍大臣を兼任した)、政党内閣、普通選挙、陪審制、女性参政権等を実現した。

 この帝国憲法起草方針の第三原則は、伊藤博文の独創ではなく、伊藤の座右の書「ザ・フェデラリスト」第49編「権力簒奪防止策」である。続きを読む
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2016年07月09日

山下春江の気概見識と岡田克也の卑屈無知が示すWGIPの洗脳効果

 もし今日の自民党閣僚が、元大阪毎日新聞記者の山下春江(1901年~1985年)の名前を伏せて山下春江が行った極東国際軍事裁判(東京裁判)を糾弾する国会演説(1952年12月9日衆議院)を繰り返したら、共産中国および南北朝鮮はもとより岡田克也(1953年~、東大法学部卒)ら民進党、共産党、朝日新聞社や毎日新聞社は、鬼の首を取ったように、自民党閣僚を非難するだろう。

 その後に自民党閣僚が山下春江の名前を明かしたら、岡田克也ら反日的日本人の群れは、敗戦後世代の自分たちエリートがWGIPを相続し強化する戦後民主主義洗脳狂育の餌食になっていることを悟り、明治生まれの日本人に比べて余りに卑屈で無知蒙昧な自分たちを恥じるかもしれない。続きを読む
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2016年06月14日

日本国憲法第9条の無力を証明する日本共産党の中核自衛隊と人民艦隊

 朝鮮戦争時、日本共産党は中核自衛隊と人民艦隊という非合法の武装組織を結成し、北京にその司令部を置き、中共軍と北朝鮮軍と交戦していた連合国軍(国連軍)の後方兵站を攪乱するために、日本各地でテロ・ゲリラ戦を展開した。

 これはソ連共産党と中国共産党が日本共産党を介して我が国に仕掛けた所謂「間接侵略」であり、ソ連共産党と中国共産党と日本共産党は我が国に「侵略戦争」を仕掛けたのである(朝鮮戦争と日本共産党武装闘争の位置づけ―朝鮮戦争に参戦した統一回復日本共産党参照)この事実こそ日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)第9条の無力を証明する証拠である

 日本共産党(コミンテルン日本支部)の聖典であるコミンテルンのテーゼは世界中の共産主義者に対して次のように命じた。

資本主義の存続する限り戦争は避けがたい。だから戦争を無くするためには資本主義そのものを無くしなければならないが、資本主義の打倒はレーニンの実証した如く革命によらなければ不可能である。したがって世界革命闘争を任務とするプロレタリアートは全ての戦争に、無差別に反対すべきではない。即ち各々の戦争の歴史的、政治的乃至社会的意義を解剖し、特に各参戦国支配階級の性格を世界共産主義革命の見地に立って詳細に検討しなければならぬ。」

「現代の戦争は、帝国主義諸国(註、資本主義=自由主義的市場経済の諸国のこと)相互間の戦争、プロレタリア革命あるいは社会主義を建設中の国家に対する帝国主義国家の反革命戦争、プロレタリア革命軍、社会主義国の帝国主義国家に対する革命戦争の三つに分類し得るが、各々の戦争の実質をマルクス主義的に解剖することはプロレタリアートのその戦争に対する程度決定に重要なことである。

 帝国主義諸国のプロレタリアートは、第一の帝国主義国家相互間の戦争の場合は、自国政府の敗北と、この戦争を反ブルジョア的内乱戦に転化することを活動の主要目的としなければならない。第二の反革命戦争の場合は、自国政府の敗北を助長し、プロレタリア革命軍を勝利させなければならない。また第三の革命戦争は世界革命の一環としてその正当性を支持し、プロレタリア革命国家を防衛しなければならない。」

 「プロレタリアートは、政治権力を獲得し、生産手段を搾取者の手からもぎとるまでは、祖国を持たない。広く用いられている『祖国防衛』という表現は、戦争の正当化を意味する通俗的な表現である。プロレタリアートは、プロレタリア革命国家が帝国主義国家に対して行う革命戦争では、自分達の社会主義的祖国(註、当時はソ連を指していた)を防衛しなければならない。
 プロレタリア革命国家では、祖国擁護は必須の革命的義務であるが、帝国主義諸国では祖国擁護は許されない。」(1928年コミンテルン第6回大会決議「帝国主義戦争に反対する闘争と共産主義者の任務に関するテーゼ)


 我が国の日本共産党とこれと同類の共産主義者のいう日本の平和とは、日本国が天皇陛下を国家元首として戴く現存する世界最古の王朝にして立憲自由主義議会制デモクラシー君主国として独立し健在している平和(戦争無き状態)ではなく、日本の共産主義化であり、彼らのいう平和主義は、共産主義のことである。

<共産主義者の洗脳から児童生徒学生を護る名著>

所長の戦史を読み謀略史観を重視する歴史家に転向したものすごく有名なプロの歴史学教授(元防大教授)の著書イズムから見た日本の戦争 ―モンロー主義・共産主義・アジア主義

戦後の日本共産党、日本社会党、朝日新聞社、日教組の幹部となった共産主義者こそ支那事変を拡大し我が国を対米英戦へ誘導した真犯人であることを立証する「大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義

・マルクス・レーニン主義が人類史上最悪の淫祀邪教であることを立証する共産主義黒書<ソ連篇>



2016年06月13日

戦時下の信仰の自由を示す日本とバチカンの関係

 所長は、「国民のための大東亜戦争正統抄史78鈴木内閣の失策」を以下のように加筆修正しました。続きを読む
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2016年04月01日

芦部信喜をウソ吐きに変える鈴木安蔵の大日本帝国憲法への賛辞

 筆者は、伊藤博文が枢密院議長として枢密院帝國憲法制定会議列席者に配布した大日本帝国憲法原案付属文書の注解と参照を読み、伊藤と井上毅ら四人が行った憲法調査の高度な質と膨大な量に驚嘆感激し、帝国憲法こそ我が日本国に相応しい唯一無二の正統憲法たることを確信した(議員と学者と教師の真贋を鑑定するための試験問題-大日本帝国憲法の参考憲法はどれか参照)。この評価は筆者と同じく注解と参照を読んだ鈴木安蔵の帝国憲法への賛辞と同じなのである。続きを読む
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2016年03月28日

日中和平工作に従事した朝日新聞人(神尾茂と美土路昌一)の活躍

 朝日新聞社の戦争煽動報道をひたすら強調し糾弾することは余りに不公正である。筆者はそのことを深く反省しわーい(嬉しい顔)国民のための大東亜戦争正統抄史21~24汪兆銘工作の謀略的意義の22、永久抗争を次のように加筆修正しました。続きを読む
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2016年03月27日

討論と比較を嫌悪する岸井成格とSEALDs奥田愛基-戦時右翼とSEALDsの類似点

 岸井成格が自分の集団的自衛権違憲論に絶対の自信を持つならば、例えば集団的自衛権合憲論を唱える西修や、一国平和主義・集団的自衛権・憲法解釈の嘘を暴く樋口恒晴をTBSニュース23に招いて正々堂々と討論し、二人を論破すればよかった。

 そうすれば岸井とTBSは、放送法を遵守し、集団的自衛権容認に対する賛否両論を報道し国民の知る権利に奉仕しつつ、両論の善悪是非・正誤優劣を際立たせ、それらを視聴者に悟らせ、岸井が所属する集団的自衛権反対勢力に視聴者の圧倒的支持をもたらすことが出来たはずである。

 しかし岸井はジャーナリストを自称する言論のプロであるにもかかわらず公共の電波を使い一方的に自論を垂れ流すばかりで、公開質問にも公開討論にも応じず、敵前逃亡した。この岸井の言動は、岸井の主張が公開討論においてその反対論者の攻撃に全く抵抗できない脆弱な虚偽であることを自ら示唆し、安倍内閣に塩を送ってしまった。奥田愛基も岸井と同じ穴のムジナである。続きを読む
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2016年03月10日

朝鮮人へ貴族に立身出世する機会を付与した貴族院令

 大日本帝国では、朝鮮人が陸軍中将や衆議院代議士や貴族院議員に立身出世していた。

貴族院令(昭和20年勅令第193号による改正後、昭和21年勅令第350号による改正前の戦前期の条文)

第一条 貴族院ハ左ノ議員ヲ以テ組織ス
 一 皇族
 二 公侯爵
 三 伯子男爵各々其ノ同爵中ヨリ選挙セラレタル者
 四 国家ニ勲労アリ又ハ学識アル者ヨリ特ニ勅任セラレタル者
 五 帝国学士院ノ互選ニ由リ勅任セラレタル者
 六 東京都北海道樺太各府県ニ於テ土地或ハ工業商業ニ付多額ノ直接国税ヲ納ムル者ノ中ヨリ一人又ハ二人ヲ互選シテ勅任セラレタル者
 七 朝鮮又ハ台湾ニ在住スル者ニシテ名望アル者ヨリ特ニ勅任セラレタル者


 上記の貴族院令第一条四項五項六項七項に基づく爵位を有さない勅任の貴族院議員は、爵位を有する華族と同じく貴族であったから(詳細は現在の日本国に本当に必要な改革は公選議院の弊害を抑制する上院の再生(大日本帝國憲法第三十四條)-明治流憲法学奥義秘伝の原稿参照)、大日本帝国憲法第三十四條および之に基づく貴族院令は、朝鮮人および台湾人(当時はいずれも大日本帝国臣民、臣民とは君主国の国民のこと、因みに市民は共和国の国民のこと)にも貴族に立身出世する機会を付与していたのである。

 しかし今日の我が日本国では、ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥教授でさえも、公選議院の弊害を抑制する貴族(勲功華族あるいは勅任の貴族院議員)になれない(詳細は山中伸弥教授が教えてくれた栄誉の源泉の所在(大日本帝國憲法第十五條)-明治流憲法学奥義秘伝の原稿参照)。GHQ製日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)第十四条二項が日本国民から貴族に立身出世する機会を剥奪しているからである。
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2016年03月07日

大政翼賛会と対決した第七十六回帝国議会-憲法義解を援用した川崎克代議士

 宮沢俊義と芦部信喜の虚偽憲法学を鵜呑みにしたまま老人となった東大法学部卒業の政治家、官僚、学者、弁護士、知識人、マスコミ関係者の中には、敗戦前の我が日本国は民主主義を知らなかったとか、立憲議会制デモクラシー国でなかったと公言して憚らない者がいます。

 また大政翼賛会の成立が日本の議会制デモクラシーを終わらせたと思い込んでいる者や、我が国の戦時体制を国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の一党独裁と同じ「ファシズム」の範疇に入れてしまう者が後を絶ちません。続きを読む
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2016年01月19日

斎藤隆夫代議士の議会演説「支那事変処理に関する質問演説(昭和15年2月2日)」の読み方

 筆者は、1995年に中村粲の「大東亜戦争への道」を購読したものの中村史観に全く納得できなかった。そこで小学3年生から歴オタの筆者は自分で戦史の調査を開始し、1997年末か98年初めに晩年の岸信介に大きな衝撃を与えた戦争と共産主義-昭和政治秘史(三田村武夫著/民主制度普及会、1950年初版発行)の復刻版「大東亜戦争とスターリンの謀略」(自由選書)を入手して、ようやく中村史観に納得できなかった自分に納得でき、支那事変長期化の真因が第一次近衛声明に連動した汪兆銘政権樹立工作であったことを理解できた。続きを読む
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2015年12月26日

部落差別の起源と真因


<池田信夫の間違い!被差別部落中世起源説>

 池田信夫は、週刊朝日と佐野真一を非難する記事の中で、「被差別部落の起源は、屠殺などの仕事が江戸時代の身分制度で非人とされたことによる職業差別で、世界の少数民族問題とは違って遺伝的な差別ではない」と指摘している。しかしこれは間違いである。被差別部落の江戸時代起源説(近世政治起源説)は、戦後民主主義洗脳狂育が日本国民に刷り込んでいる真っ赤な虚偽である。

 被差別部落の研究者である斉藤洋一氏は、次のように述べている。

 勉強を始めたころは、私も通説にしたがって、被差別部落は戦国時代末期から江戸時代初期にかけて政治権力によってつくられたものだと考えていた。そして、それを小文に書いたこともあった。しかし近世政治起源説になんとなく疑問を抱いていたのも事実だった。

 その疑問を決定的にしたのが、一九九〇年四月に発表された、中世史家横井清氏の「誕生から葬送へ」だった。そのなかで横井氏は、次のように述べている。

 私は、江戸時代に被差別部落が成立した、などという考え方は、少なくとも現時点ではもう捨てております。被差別部落の成立は、それ以前に遡るかたちで捉えられるべきである。実例も、一、二にとどまらない。

 現代にまでつながる被差別部落の歴史、というような観点で見ていく場合、量的には江戸時代を重視するという考え方は不可欠でありますが、被差別部落というものが歴史的に持たされてきている様々な特質・条件、そういったものを重視していく限り、量ではなくて、質の問題である。その点に固執するかぎり、中世に遡る、というふうに考えているわけです(身分差別社会の真実191ページ)。


 そして斉藤洋一氏は身分差別社会の真実(1995年初版発行/講談社現代新書)で、最近の研究成果として、被差別民の役割と生業の起源が中世にあったことを例証している。

 しかし被差別部落の中世起源説は、大日本帝國の歴史学会を代表する歴史家の一人であった瀧川政次郎が昭和3年(1928年)に出版した日本法制史(1985年講談社学術文庫より復刊)に出ているのだ。

 雑色の名残を汲む賤民は、穢多、非人の名をもって総称せられた各種の賤民である。エタなる名称の起源については種々の説があるが、『和名抄』に見える恵止利(屠者)なる語の転訛であろうという説が一番正しい。恵止利は餌取りであって、鷹に食わす餌(獣肉)を取ることを業とした鷹戸なる雑戸を呼んだ名である。

 穢多なる漢字は、このエタなる語の巧妙なる当字であって、その最も古き出典として従来知られているものは、『師守記』貞治元年(一三六二)の条であるが、鎌倉中期になれる『塵袋』には、既にこの語が見えている。

 非人なる名称の起源についても諸説あるが、『延喜式』には穢多非人の並称に対して濫僧屠者(らんそうえとり)なる並称があるから、非人はすなわち僧侶の異称より出た言葉であろう。

 穢多と非人とは、江戸時代には厳格に区別せれらたが、この時代の穢多・非人とはほとんど同義に用いられ、両者の間に判然たる区別がなかった(日本法制史上369ページ第四篇融合法時代前期~鎌倉開府から応仁の乱まで)。


 鎌倉時代の百科事典「塵袋」(著者未詳。1264~1288に成立)には次のような記述がある。

 根本は餌取と云ふべきか。餌と云ふはしゝむら(肉)を、鷹等の餌を云ふなるべし。其をとる物と云ふ也。えとりをはやくいひて、いひゆがめて、エタ(穢多)と云へり。たととは通音也、エトをエタと云ふなり。エトリを略せる也。子細しらぬものはラウソウ(濫僧)とも云ふ。乞食等の沙門の形なれども、其の行儀、僧にもあらぬを濫僧と名けて、施行ひかるゝをば濫僧供と云ふ。其れを非人・カタヒ・エタなど、人まじろひもせぬ、おなじさまのものなれば、まぎらかして非人の名をエタにつけたる也。ラムソウと云ふべきをラウソウと云ふ。弥(いよいよ)しどけなし。天竺に旃陀羅と云ふは屠者也。いき物を殺て売る、エタ体の悪人也(東洋文庫-塵袋<1>288~289頁)。

 非人は非人法師ともいい、要するに、エタ非人の起源は、濫僧非人すなわち正式の得度を経ず戒律を守らない僧形の浮浪者であり、乞食坊主である。

 文部省教科書調査官の嵐義人の解説によると、瀧川政次郎の日本法制史は、他の日本法制史の概説書の範となり、読み物として、また内容の程度において、瀧川の著書を凌駕するものは殆ど無いという。最近の被差別部落の研究はそのことを証明したのである。続きを読む
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2015年11月03日

日本国憲法第9条の精神は日本人に対すると虐めと嬲り-連合国の犯したポツダム宣言違反

 昭和天皇は、サンフランシスコ講和条約の発効の日を迎えて、次の御製を詠まれた。

 風さゆるみ冬は過ぎてまちまちし八重桜咲く春となりけり

 国の春と今こそはなれ霜こほる冬にたへこし民のちからに

 昭和天皇は、連合軍が日本国を占領していた期間を冬の時代と認識していたのである。

 荒木貞夫被告の弁護人を務めた菅原裕氏は、1945年9月2日に連合国と日本国を拘束する休戦条約となったポツダム宣言から発生する双方の権利と義務を挙げ、連合国が犯した数々の違法行為を批判した。続きを読む
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2015年10月11日

捕虜殺害が合法となる場合-戦時国際法と南京事件

 戦時国際法を構成する戦時(交戦)法規は、軍事上とくに必要としない殺戮、破壊、収奪行為を禁止して人道に配慮し戦争の犠牲を軽減する慣習法であって、軍事上必要な害敵行為を制限禁止して人道に配慮する所謂「宋襄の仁」の実施を軍隊に強要するものではない。従って捕虜殺害が軍事上必要止むを得ざる時には、これが合法となる場合がある。続きを読む
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2015年08月28日

日本憲政史上もっとも凶悪な内閣総理大臣(近衛文麿)を非難しない究極の愚行


 中川八洋教授は昭和20年2月14日の近衛上奏文を次のように批評している。

「近衛文麿が対英米戦争主義者でなかったかのような偽イメージ、あるいは近衛文麿がマルクス主義者でなかったかのような偽イメージをつくる、近衛自身による自己演技の最たるものがあの有名な近衛上奏文であろう。それは日中戦争と日米戦争の八年戦争のすべての責任を軍部に転嫁するに絶妙で華麗な演技の典型であった。

 この上奏文をもって近衛文麿が従前から英米に対する戦争の回避論者であったと、その証拠としてあげるものが多いが、それは余りにも短絡的である。また読解力に欠陥ありといわざるをえない。一九三七年六月の総理大臣就任以降の、近衛文麿の言葉ではなくその行動と明らかに矛盾する解釈であり、歴史の偽造をさらに増幅する歪曲である。政治家の評価・分析は、その言葉ではなくその行動でなすものであって、その逆は学問ではない。

 近衛上奏文は、日本の八年戦争とは日本の共産化を目的として共産主義者(マルクス主義者、社会主義者)たちによって遂行されてきたこと、一九四四年頃からのスローガン一億玉砕はレーニンの敗戦革命論に従った、共産革命がし易い荒廃した日本社会をつくるためのものであること、陸士・陸大の秀才組のある部分がソ連軍を日本に導入しての日本の共産化を策謀していること、などの最も深刻な諸状況について最も正確に鋭く核心を衝く省察をなしている。

 が同時に、この近衛の指摘は、マルクス主義にかぶれた陸士・陸大卒の赤い軍人たちに対英米戦とその継戦の動きのすべての責任を転嫁する狙いであるのは誰しも一読すれば理解できよう。」(近衛文麿とルーズベルト大東亜戦争の真実76、81頁)


 近衛上奏文および近衛文麿に対する中川教授の評価が正しいことは、以下の大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌(軍事史学会編/錦正社、1998年)昭和20年6月25日の条によって証明される。続きを読む
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史上最悪の反日的日本人の松谷誠を復活させた吉田茂

 晩年の岸信介に大きな衝撃を与えた大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義の著者の三田村武夫が挙げるゾルゲ機関の謀略工作が成功した理由の一つは、政治家の無知であり、共産党関係の事件内容が秘密にされてきたことと関連して、政治家が殆ど思想事件に無知で無関心であり、自分の身辺間近まで、或いは自分の腹中に、その謀略の手が延びて来ても気付かなかったことであるという。

 政治家の無知と無関心ひいては有権者の無知と無関心は、病膏肓に入りて、もはや不治の病である。そしてこの病気が、今の政治家を日本国に安楽死をもたらすドクターキリコに変えているのかもしれない。続きを読む
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2015年07月29日

復活の意味-ジョセフ・グルーとポツダム宣言第10条the revival and strengthening of democratic tendencies among the Japanese people

 機動戦士ガンダム第26話の題名は「復活のシャア」である。この題名が示す物語の内容は、シャア・アズナブルが第26話以前に活躍したものの、一旦没落し、第26話以後に再び活躍するということである。

 シャアが第26話以前に活躍していなかった、もしくは登場していなかったのであれば、「復活のシャア」という表現は成り立たない。

 「復活」とは、それ以前に、ある人物・勢力・制度などが活躍隆盛したものの、様々な理由から没落衰退した後、復(また)以前と同じように活力を取り戻し隆盛することだからである。続きを読む
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2015年07月27日

朝日新聞社の軍部暴走史観を打ち砕く近衛首相の施政方針演説(大阪朝日新聞1938.1.23)

 朝日新聞社とその同類の反日左翼勢力は、大東亜戦争批判から近衛文麿のブレーントラスト「昭和研究会」に結集していた朝日出身のソ連スパイ尾崎秀実ら共産主義者とマルクス・レーニン主義およびコミンテルンのテーゼ(28年、32年、35年)を救い出すために、支那事変の拡大長期化の原因を軍部の暴走に転嫁する。

 しかしこれが歴史の偽造であることは、昭和13年1月22日の第七十三回帝国議会における近衛文麿首相の施政方針演説を掲載した翌日の大阪朝日新聞によって証明される。続きを読む
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きのうの衆議院本会議(大阪毎日新聞 1937.8.5)

 もし今なお大日本帝国憲法が反デモクラシーの憲法で、ポツダム宣言受諾以前の我が日本国が立憲議会制デモクラシー国ではなかったと信じている憲法学徒が日本国内に現存するならば、ぜひとも「特別税法案委員附託 関税定率改正等可決 きのうの衆議院本会議」(大阪毎日新聞1937.8.5)を読んでほしい。

 日本国民は必ずや中国共産党の洗脳術(撫順戦犯収容所)を用いたWGIP(日本人を狂わせた洗脳工作-いまなお続く占領軍の心理作戦)とこれを相続し強化し継続している戦後民主主義狂育の洗脳効果-軍国主義史観(軍部暴走史観)から脱却できるはずである。続きを読む
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2015年06月11日

連合国による憲法第九条の解釈変更を無視する似非立憲主義もどきの蔓延-集団的自衛権に関する絶望的な混迷

 ホイットニー准将以下GHQ民政局はマッカーサー・ノートに基づき昭和二十一年(1946)二月三日から僅か六日間で総司令部草案を作成し、十日にこれをマッカーサーに提出した。ノートの第二原則は、第二原則にあった「自国の安全を保全するための手段としての戦争をも放棄する」を除いて、草案第八条に盛り込まれた。

 「国家の主権的権利としての戦争は廃棄される。武力による威嚇または武力の行使は、他国との紛争を解決する手段としては、永久に放棄される。陸軍、海軍、空軍、その他の戦力は認められず、交戦権は日本に与えられない。」(総司令部案第八条)

 日本政府は総司令部草案を日本語に翻訳してこれに基づき憲法改正草案を作成し、総司令部案第八条に若干の字句の修正を加えて、これを九条に移し、昭和二十一年六月二十日に開会された第九十回帝国議会に政府の改正草案を提出した。
 
 そしてこれが衆議院に設置された芦田均を長とする特別委員会で審議された際に、日本の丸腰状態の永続化を危惧する芦田委員長が、占領軍総司令部に気づかせぬまま、我が国の自衛権を留保し将来における自衛軍の再建を合法化するという含みを九条に持たせる為に、九条第二項に「前項の目的を達するため」という字句を挿入し、今日の憲法九条が成立したのである。

 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」


 連合国極東委員会とその執行機関であるGHQ(占領軍)は、芦田の意図に気付いたものの、帝國議会における芦田均のマッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)第九条の修正を承認し、その代わりに自衛権行使のための日本国の再軍備を前提として、軍部大臣現役武官制度の復活を防止するために、第六十六条二項に国務大臣の文民限定を挿入したのである。続きを読む
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2015年05月04日

民主党と社民党は戦後のドイツを見習え!国民の自由を制限するドイツ連邦共和国憲法

 我が国の反日左翼勢力は、彼らと敵対する尊皇護国保守反共勢力に対して事あるごとに国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を非合法化している「戦後のドイツを見習え!」と喚く。

 ならば自民党は彼らの要求に応えて改憲案にドイツ連邦共和国憲法の第9条、第17a条2項、第18条、第21条に加えるべきである。そうすれば反日左翼勢力は「自民党は治安維持法を憲法条項化しようとしている!」と悲鳴に似た非難の声を上げ、馬脚を現すに違いない。続きを読む
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