2015年01月23日

橋下徹は不要!日本国に適合する上院の構成

 帝國憲法草案第三十四條は、枢密院における第一審会議第三読会と第二審会議第二読会によって「貴族院は貴族院令の定むる所に依り皇族華族及勅任せられたる議員を以て組織す」と修正された。この修正案が明治天皇の御裁可を得て大日本帝國憲法第三十四條となった。

 枢密院帝國憲法制定会議の審議では、貴族院議員の資格選任特権等が法律ではなく勅令によって定められることの是非が争点となった。続きを読む
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現在の日本国に本当に必要な改革は公選議院の弊害を抑制する上院の再生

 我が国の国会が日本国憲法無効・大日本帝國憲法現存(有効)の確認決議を行う場合、その直後に、天皇陛下が、貴族院が無く帝國議会の召集が現状不可能であることに鑑み、帝國憲法第八條および第五十五條に基づき内閣の輔弼と副署(同意のサイン)に依り、法律と同位規範である緊急勅令を発し、マッカーサー占領軍憲法から有害無益な部分と帝國憲法と明確に矛盾する部分を削除したものを、五年程度の有効期間を持つ憲法臨時代用法として用いるための「憲法復元措置基本法」を制定する。

 そして我が國は、可及的速やかに枢密院官制や貴族院令(いずれも勅令)の復元ないし新定を行い、貴族院、枢密院、大審院など欠損している機関の復元ないし代行機関の設置の検討等に入るのだが、おそらく貴族院の復元再生は容易であろう。

 なぜなら天皇は、帝國憲法第四條および第三十四條に基づき内閣の輔弼に依り、山中伸弥教授をはじめとして、皇族華族ではない國の功労者と学識者を貴族院議員に勅任できるからである。

 帝國議会の召集が現状不可能であっても、すでに大日本帝國憲法にある優れた非常事態対処規定の活用が帝國憲法の復元措置を可能にする。続きを読む
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2015年01月21日

エドマンド・バークと自由の女神マリアンヌ−フランスに対する風刺歌

 フランス政府の二重基準は今に始まったことではない。しかしこの種の卑劣な行為は必ずギロチンブーメランとなって実行者に襲いかかる。フランス共和国のナショナルシンボルは、自由の女神マリアンヌなのだから、フランスを揶揄する下品な風刺画はいくらでも出来る。

 顔がフランス国旗の大男が「俺は自由だ、自由は俺の大好物だ!」と叫びながら自由の女神マリアンヌを凌辱する場面を描いた風刺画、マリアンヌによって引率され煽動される愚かなフランスの民衆がヴァンデ地方のカトリック教徒に続いて世界のイスラム教徒を蹂躙する場面を描いた風刺画、フランス革命の省察の著者エドマンド・バークがシャルリー・エブドとフランス政府に奉仕するマリアンヌを指差して「あれは自由の女神を騙るビッチだ!」と非難している場面を描いた風刺画。

 フランス政府はこれらの風刺画の執筆者と掲載紙を全面的に擁護しなければならなくなった。また世界中のイスラム教徒が以下の風刺歌を大合唱したら、表現の自由の尊重を標榜するフランス政府と世界各国のフランス国民はどのように反応するのだろうか。続きを読む
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2015年01月15日

大本営の奥の院の所在と正体に触れなかった堀栄三の大本営参謀の情報戦記

 大本営陸軍部の情報参謀を務めた堀栄三(1913〜1995)は、諸種の公開情報を収集分析してアメリカ軍の動向を事前に察知し、マッカーサー参謀という異名を取った。しかし堀栄三の情報先知能力(インフォーメーション&インテリジェンス)は戦史研究に活かされなかった。

 陸大試験の再審に向けて勉強していた堀栄三大尉は、父親から「一度土肥原に会って話を聞いてこないか」と勧められ、昭和十五年(1940)晩秋のある日、軍事参議官兼陸軍士官学校長の土肥原賢二中将宅を訪問し、戦術の勉強方法について土肥原中将に教えを乞うた。土肥原は堀は次のように教えた。

「いまこの場面で、相手に勝つには何をするのか一番大事かを考えるのが戦術だ。要するに駒と盤が違うだけで世の中の誰もがやっていることだ。

 そのためには枝葉末節にとらわれないで、本質を見ることだ。文字の形や奥の方には本当の哲理のようなものがある、表層の文字や形を覚えないで、その奥にある深層の本質を見ることだ。

 世の中には似たようなものがあるが、みんなどこかが違うのだ。形だけ見ていると、これがみんな同じに見えてしまう。それだけ覚えていたら大丈夫、ものを考える力ができる。」(大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇21ページ)


 これが堀栄三には一生忘れられない言葉になったという。

 土肥原賢二中将は昭和十四年六月号中央公論に「新時代を戦う日本」と題する論文を発表し、朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実らと一緒に「東亜共同体論」を提唱していた。

 三田村武夫は、大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義(1950年初版発行、1987年復刊)の中で、

「この論文は原点のまま要点を抜粋したが、その用語と構想は、蝋山、三木、平、尾崎等とそっくりそのままのところがあり、どこからか借りて来たような文章であるが、当時参謀本部にいた土肥原賢二中将が公然と署名して、中央公論誌上に載せたことは注目すべき価値がある。即ち軍閥とその幕僚の背後に何があったかを物語る有力な証拠ともいえるであろう。読者はこころみに資料編によって他の論文と対照してほしい。」

と読者に要望している。「軍閥とその幕僚の背後に何があったかを物語る有力な証拠」は他にもある。続きを読む
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2015年01月11日

政教分離を気にしない戦後世代を育てた厚生省推薦の仏教アニメ

 かつて厚生省はテレビ朝日と結託し、ある特定宗教の布教活動を熱心に行っていた。特定宗教とは仏教の禅宗である。厚生省はテレビ放送を通じてテレビの前の数百万どころか数千万単位の親子に仏教アニメの視聴を推薦していた。

 この仏教アニメは間違いなく仏教に関心を持つ国民、禅宗に好意を抱く国民を爆発的に増やした。この仏教アニメの主人公は、日本国憲法を僭称するマッカーサー占領軍憲法に違法占領されている戦後の日本国において、仏教各宗派の開祖以外では、最も有名な日本人宗教家であろう。

 この仏教アニメを見て育った日本国民の中で、我が国の中世に実在したこの日本人宗教家を嫌悪する人は絶無ではないだろうか。

 というのも、この仏教アニメのオープニング曲が極めて効果的に児童を洗脳する歌だからである。かくいう筆者自身が今だにこの仏教アニメの洗脳歌を諳んじていて、おそらく死ぬまでこの洗脳歌と仏教アニメの主人公を忘れられないだろう。

 しかし筆者は信教の自由を全く喪失していない。厚生省は政教分離少なくとも政教完全分離を無視したものの、いかなる意味においても、国民の思想信条の自由を侵害していないのである。続きを読む
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2015年01月07日

日本を愛したスタイン博士の遺言

 明治22年(1889年)7月21日、金子堅太郎は英訳の「憲法義解」数十部を携えて日本を出発し、欧米各国に向かった。金子は伊藤博文から、欧米の政治家および憲法学者に英訳の憲法義解を贈与し、彼らの忌憚なき意見を徴して帰國せよ、と命じられていた。

 金子はオーストリアを訪問した際に、伊藤の恩師である歴史法学の泰斗スタイン博士を訪問した。病魔に冒されていたスタインは医師の命令により来客を謝絶していたが、金子がスタインの愛する日本國の賓客にして憲法施行準備のためにオーストリアに来たことを聞き、医師の命令に背いて、金子と面談し、日本國のために助言した。続きを読む
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2015年01月05日

アダム・スミス以上の超一流の社会思想家−福沢諭吉の日本皇室論と大日本帝國憲法

 イギリスケンブリッジ大学が世界に誇る碩学で、歴史と社会科学に精通した歴史人類学者アラン・マクファーレン教授は、福沢諭吉をフランスのモンテスキュー(法の社会の精神の著者)やスコットランドのアダム・スミス(国富論の著者)以上の超一流の社会思想家である、と高く評価している。

 福沢は日本の伝統精神を受け継いだ上で、近代化の推進に必要な思想を欧米から摂取したが、欧米に対する批判精神を失わなかったからこそ、日本独自の近代化を指導することができたと指摘する。

 マクファーレンは驚くほど日本の歴史に詳しい学者といっても過言ではない。膨大な資料を駆使して、江戸時代の日本庶民の日常生活までも詳細に描く出すことのできる博識である。歴史人類学者だから、論究の対象はもちろん日本に限らないが、彼の独創的な日英比較論は出色である。

 福沢諭吉は近代欧米における科学技術や政治制度や市場経済を高く評価する一方で、拝金主義や人種差別や帝国主義に批判的だった。そして、その批判の視点は、日本の伝統的な武士道の倫理に基いていた。この点もまた、マクファーレンは正確に把握し、福沢諭吉を褒めちぎっている。

 多くの日本人とりわけ日本人の学者が戦後の浅薄な思想に幻惑されて、福沢諭吉の実像を掴み損ね、正確な評価を歪めていることは、無念さを通り越して滑稽というほかない。なぜそれほどまでに歴史の真実を歪め、自国の偉人を否定したがるのだろうか(福沢諭吉の日本皇室論−現代語訳67ページ解説と梗概T「帝室論」について)。 

 筆者が思うに、その理由は明白である。GHQによる公職追放の後、学会の要職を占めた学者とその弟子たちの中には、戦後生まれの日本人に支那と朝鮮に対する贖罪感を扶植して、河野洋平のような反日売国政治家を養成し、日本国を支那と朝鮮に従属させようとする者、戦後生まれの日本人から尊皇護国の精神を奪い去り、皇室の廃絶を画策する者がすこぶる多いからである。

 しかし彼ら反日的日本人が束になっても一万円札の肖像になっている明治の偉人には敵わない。支那と朝鮮の本質を看破する福沢の脱亜論と、皇室の偉大な存在意義を平易に解説する福沢の帝室論と尊王論は、支那と朝鮮に魂を奪われた学者や心が汚いアカに塗れている学者の目論見を木っ端微塵に打ち砕くのである。

 日本の帝室(皇室)は栄誉の源泉として国民の功名心を刺激して学問技芸を振興する偉大な威力を持つが故に、日本国民は帝室が栄誉の源泉たることを損ねてはいけない、すなわち帝室を決して汚してはいけない。したがって帝室は神聖不可侵(無答責の地位)でなければならず、独立(自治)してないければならないのである。続きを読む
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2015年01月04日

生活保護費の受給者に公益に奉仕する勤労義務を課すべし−働かざるものは食うべからず(レーニン)

 日本共産党をはじめ左翼勢力は、違法不当に最高法規として罷り通っている日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)第25条「すべて国民は、健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」を単なる自由権(国民が国家権力から介入干渉されない権利)から社会権(国民が国家権力に介入干渉される権利)に拡大解釈し、ワーキングプアに陥っている労働者が羨むほどの潤沢な生活保護費を正当化する。

 日頃から国家権力を敵視している市民派あるいは人権派の彼等が社会権の保障を声高に主張するのは滑稽であるが、それは同時に本当の弱者には極めて傍迷惑である。

 「働かざるものは食うべからず」といったレーニンを崇拝する日本共産党に、生活保護費の受給者を擁護する資格はない。続きを読む
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2015年01月03日

エドマンド・バークのブリストル演説と大日本帝國憲法第三十五條解説

 伊藤博文ら大日本帝國憲法原案起草者が枢密院帝國憲法制定会議に提出した原案第三十五條注解には、以下のような解説文が載っている。

「衆議院の議員は総て皆、國の代議士たり。而して衆議院選挙の法に選挙区を設くるは、代議士の選挙をして全國に普通ならしめんとする目的に外ならず。故に代議士は即ち國の人民を代表する者なり。而して其の所属選挙区の人民の為に一地方の委任使となり其の依嘱を代行する者には非ざるなり。」

 憲法義解大日本帝國憲法第三十五條解説にも同様の解説文が載っている。この解説文の出典は、伊藤博文が好んで引用したエドマンド・バーク(1729〜1797)の「ブリストル演説」のようである。続きを読む
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2015年01月02日

伊藤博文演説集−大日本帝國憲法とフェデラリスト

 筆者は、国民のための大東亜戦争正統抄史1928-56の95、戦後民主主義の本質の中で、大日本帝國憲法制定史の秘話について以下のように書いた。

 明治天皇の詔命を奉じ、金子堅太郎、井上毅、伊東巳代治を統率して帝国憲法原案を起草した伊藤博文の愛読書は、明治三年に政況および財政調査のためにアメリカを訪問した伊藤に、当時のアメリカ国務長官ハミルトン・フィッシュが贈与したアメリカ合衆国憲法のコメンタリー(解釈書)「ザ・フェデラリスト」(一七八七年刊行)であった。伊藤博文は明治三年以来、このアメリカの古典的名著に依拠して憲法を研究し、彼ら四人が帝国憲法原案を起草していた時はもとより、明治二十一年から始まった枢密院帝国憲法制定会議の際にも、伊藤はフェデラリストを常に自分の座右に置いて何か問題が生じる度にこれを繰り返し読み、帝国憲法の制定に尽力したのであった。

 帝国憲法の精緻な権力均衡分立主義と、デモクラシー(大衆参加政治)の暴走と諸悪から皇室と一般国民を含む国家を救済する帝国議会二院制は、アメリカの立憲議会制デモクラシーの起源であるフェデラリストの著者たち即ちアメリカ合衆国憲法の制定に尽力したアレクサンダー・ハミルントン、ジョン・ジェイ、ジェイムズ・マディソンの思想を受け継いだものである云々。


 以上の記述は「憲法制定と欧米人の評論」(金子堅太郎著/日本青年館、一九三八年版)に依拠しているのだが、帝國憲法の施行から約半世紀後に金子が発表した回想録は、果たして本当に真実なのだろうか。

 これについて筆者は一抹の不安と不信感を覚え、伊藤博文演説集 (講談社学術文庫)を読んでみたところ、金子の回想録を裏付ける第一次史料の実在を確認することができた。続きを読む
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2014年12月10日

今こそ法の支配を尊重する平和主義を実現する秋−大日本帝國憲法義解第七十七條解説案

 平和(戦争無き状態)は実に多様である。平和には、日本国が天皇陛下を国家元首として戴く立憲君主制自由主義的議会制デモクラシー国として独立し健在している平和があれば、日本国がチベットと同様に独立を喪失し中華人民共和国の一省になっている平和(いわゆる奴隷の平和)もあり得る。

 当然ながら平和主義も多様であり、法の支配を尊重する平和主義があれば、GHQの戦争犯罪の産物(1907年ハーグ陸戦法規違反およびポツダム宣言違反にして帝國憲法違反のGHQ製日本国憲法)に服従し法の支配を放棄する平和主義もある。

 歴史法学徒の一人である筆者はもちろん前者の、法の支配を尊重する立憲平和主義者であるが故に(詳細は韓国人を震え上がらせるための日本憲法学の密教−現憲法無効論・憲法恢弘の法理)、日本国憲法無効確認・大日本帝國憲法復元論に賛同し、我が国が帝國憲法に増補すべき「法の支配を尊重する平和主義條項」を提示するのである。続きを読む
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2014年12月09日

現代日本に甦る美濃部達吉の遺言−立憲議院内閣制の理想型

 伊藤博文ら大日本帝國憲法原案起草者は、憲法の改悪に伴う国体の毀損を未然に防止するために、憲法には帝國政治の大綱のみを明示し、それ以外の細目は憲法に付随する法律と勅令に譲り、我が国が法律と勅令を変更することにより憲法の改正を待つことなく国運の発展と時代の変化に即応するための伸縮自在の運用性(フレキシビリティ)を帝國憲法に持たせ、できるだけ憲法改正が不必要になるように努めた。

 だから帝國憲法は内閣総理大臣を含めた國務大臣の就任資格を明示していない。そこで帝國憲法の施行後、明治維新の元勲から成る元老会議が帝國議会の内外から内閣総理大臣候補を選定して天皇に奏薦し、最後の元老である西園寺公望の晩年すなわち昭和十二年六月の第一次近衛内閣の発足時からは、常侍輔弼の内大臣と内閣総理大臣の経験者らから成る重臣会議が奏薦の任に当った(山崎丹照著/内閣制度の研究297〜326ページ内閣の首班奏薦の方式)。

 この慣行は憲法違反ではないとはいうものの、帝國憲法に規定されていない組織の元老会議と重臣会議が内閣総理大臣候補の奏薦を行っていたことは、やはり立憲政治において好ましくなかった。

 また朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実の同志であった近衛文麿は、我が国の立憲自由主義的議会制デモクラシーを破壊しながら支那事変を拡大長期化させ我が国を対米英戦争へ追いやった日本憲政史上最凶の総理大臣であった(近衛文麿の戦争責任)にもかかわらず、第三次近衛内閣の総辞職後も重臣の一人として新しい内閣総理大臣の選定と奏薦に関与し続けた。これが我が国の針路を誤らせた。

 これは、あたかも憲政史上最低の内閣総理大臣となったルーピーこと鳩山由紀夫が鳩山内閣の退陣後も延々と政界の重鎮として新総理大臣の選定に大きな影響力を及ぼし続けることに等しい、我が国の大失態であった。

 しかし我が国がこの政治的な大失態の再発を防止するためには、帝國憲法を改正して憲法に議院内閣制を明示する必要は無かった。立憲政治に好ましくない帝國憲法の運用を改めれば充分であった。すなわち重臣会議に代わり帝國議会衆貴両院が各々上奏権(帝國憲法第四十九條)を活用して内閣総理大臣候補を天皇に奏薦すれば良かったのである。続きを読む
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最悪の本末転倒−最高法規の法的安定性を破壊する日本国憲法有効論

 法理の筋を貫き通す日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)論を批判している違憲有効界改憲派には、「本筋に戻す」という改革(リフォーム)の精神が欠落している。だから彼等の改憲論は必ず失敗し、後世に禍根を残す。それは火を見るより明らかである。

 日本国憲法無効・大日本帝國憲法復元改正(増補)論を我が国から消去する日本国憲法有効論は唯一つしかない。それは合憲有効論である。

 合憲有効論とは、帝國憲法の改正という形式を採った日本国憲法の制定過程に全く瑕疵がなく、日本国憲法の制定時期、制定手続、内容が帝國憲法に照らして合憲であるから日本国憲法は有効であるという法理論である。

 しかし合憲有効論は全く成り立たない。日本国憲法の制定時期、制定手続、内容はすべて帝國憲法(憲法発布勅語、第73条、第75条)に違反していた(占領憲法の正體参照)。

 それなのに占領軍に媚び諂った憲法学者とその弟子どもがサンフランシスコ講和条約の発効後から今日に至るまで、帝國憲法違反の日本国憲法を無理やり有効と言いくるめているから、無理が通れば道理が引っ込むのたとえ通り、彼等の違憲有効界では、虚偽に虚偽を重ねる八月革命説が有効論の通説になってしまったように、真実が死滅しているのである。続きを読む
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2014年12月08日

日本国を再興する「改革」と何か?宮坂宥洪住職の名言

 児童用尋常小学校修身書第四期(1934〜1941)巻六(昭和十四年二月二十八日発行)の第十二「憲法」および第十五「國民の務(其の三)」は解説文の模範である。いずれも簡潔明瞭に大日本帝國憲法の本質を児童に教えている。

「憲法」

 団体の生活には、人々が皆守らなければならない規則が必要であります。もしかような規則がなく、めいめい勝手気ままなことをしたら、とても団体の生活を遂げることは出来ません。

 國家の規則は即ち國法であって、國民はこれによって保護され、國家はこれによって安寧秩序が保たれます。國民がもし國法を重んじなかったら、國家の秩序がみだれて、其の存立を全うすることが出来ません。

 大日本帝國憲法は、天皇がこれによって我が國をお治めになる大法で、したがってあらゆる法令の本になる最も大切な規則であります。

 明治天皇は皇祖皇宗の御遺訓に基づかせられ、國家の繁栄と臣民のお望みになる大御心から、臣民が永遠にしたがうべきものとしてこの大法を御制定になり、明治二十二年の紀元節の日に御発布になりました。

 憲法には、万世一系の天皇が大日本帝國をお治めになることを示して、昔から変わらない我が國体の大本を明らかにしてあります。
 又臣民に國家の政治に参與する権利をあたえ、法律によって、臣民の身体・財産等を保護し、臣民は兵役・納税の義務を負うことが決めてあります。

 そうして天皇が我が國をお治めになるのに、一般の政務については國務大臣をお置きになって輔弼をおさせになり、法律や予算は帝國議会の協賛を経ておきめになり、裁判は裁判所におさせになることになっています。

 憲法と一緒に制定された皇室典範は、皇位継承・践祚即位等皇室典範に関する大切な事柄をきめてある規則で、憲法と同じく我が國の大法であります。
 我等帝國臣民たる者は、常に皇室典範及び大日本帝國憲法を尊重し、これを遵奉して皇運を扶翼し奉り、以て我が國運の発展をはからなければなりません。

「國民の務(其の三)」

 帝國議会は憲法の規定によって毎年召集され、我が國の法律や予算などを審議して、大政に協賛する大切な機関であります。議会で議決したことは、天皇の御裁可を経て公布されます。

 帝國議会は貴族院と衆議院から成り立っています。貴族院は皇族・華族の議員や勅任された議員で組織され、衆議院は選挙権をもっている國民が公選した議員で組織されています。

 我等は、帝國議会の議員を選挙し、或は其の議員に選挙されて、國の政治に参與することが出来ます。帝國議会の議決は國の盛衰に関係しますから、したがって其の議員の適否は、國家・國民の幸不幸となります(歴史がおしえてくれる日本人の生き方と知恵−修身全資料集成329、332ページ)。


 そして長野県岡谷市照光寺住職の宮坂宥洪氏の解題がこれまた素晴らしい。宮坂氏は僧侶らしく我が国が許育改革を行う度に衰退している原因を喝破している。

 一般に戦後教育とは「民主主義教育」だといわれる。しかし、「民主主義(デモクラシー)」というのは、善かれ悪しかれ政治上の一制度を指すだけの言葉であって、本来はいかなる主義でも、また人間生活を律する崇高な理念でもない。

 したがって「民主主義道徳」というものは存在しない。たとえば民主主義の特徴である多数決の原理は、単なる約束事にすぎず、それじたい善でも悪でもない。そこに何か「新しい道徳」があると錯覚して、戦後教育は実は無道徳を奨励してきたのであった。

 現代の教育がこのままでいいと思っている人は一人もいないであろう。だから色々と教育改革が画策されている。戦後、六・三・三・四制に始まり、共通一次試験導入とか「ゆとり教育」とか、あらゆるさまざまな教育改革はなされてきた。だが、皮肉にも、そのつど日本の教育事情は確実に悪化してきた。

 その理由は明白である。「改革」の本義は「リフォーム」であり、それは「本筋に戻す」ということであるにもかかわらず、これまで一度たりとも過去に学ぶということがなかったからである

 明治維新も一種の革命であった。だがそれはよその国のような伝統破壊の革命と違って、「王政復古」というスローガンのもとに、ともかくも「本筋に戻す」という精神が基本にあったがために成功したのである

 この精神が戦後の日本には一貫して完全に欠落しているのである(歴史がおしえてくれる日本人の生き方と知恵−「修身」全資料集成489〜490ページ)。


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2014年11月22日

衆議院選挙に臨む「國民の務め」ー現代日本の大人のための修身教科書

 衆議院の総選挙が近づいてきた。われわれ有権者はどのような心構えをもって選挙に臨むべきか。それは児童用尋常小学校修身書第四期(1934〜1941)巻六(昭和十四年二月二十八日発行)の第十五「國民の務(其の三)」に書かれている。

「國民の務(其の三)」

 帝國議会は憲法の規定によって毎年召集され、我が國の法律や予算などを審議して、大政に協賛する大切な機関であります。議会で議決したことは、天皇の御裁可を経て公布されます。

 帝國議会は貴族院と衆議院から成り立っています。貴族院は皇族・華族の議員や勅任された議員で組織され、衆議院は選挙権をもっている國民が公選した議員で組織されています。

 我等は、帝國議会の議員を選挙し、或は其の議員に選挙されて、國の政治に参與することが出来ます。帝國議会の議決は國の盛衰に関係しますから、したがって其の議員の適否は、國家・國民の幸不幸となります。

 それで議員を選挙するには、候補者の中から、性行が立派であり、よい考えをもっている人を選んで投票しなければなりません。自分だけの利益を考えて投票し、又は他人に強いられて適任者と思わない人に投票してはなりません。又理由もないのに大切な選挙権を棄てて投票しないのは、選挙の趣旨にそむくものであります。

 帝國議会の議員に選ばれた者は、其の職責の重大なことを思い、かりそめにも私情に動かされず、利害にまどわされず、奉公の至誠を以て、其の職責を果たさなければなりません。

 府県には府県会があり、市や町村には市会・町村会があって、それぞれ府県や市町村のきまりを設けたり、予算を定めたりして地方の繁栄をはかって居ります。

 府県会・市会・町村会の議員の職責も、帝國議会の議員の職責と同じように大切ですから、これを選挙する人も、選挙されて議員となった人も、奉公の精神を以て其の務を尽くさなければなりません。


 修身のどこが軍国主義(軍人による政治支配)を進めるファシズム教育なのか?以上の「國民の務(其の三)」は、立憲議会制デモクラシーを正常に機能させるための立派な教えではないか!

 参政権は國民の権利にして大人の特権であるから、人間であれば誰もが有する最低限度の権利(人権)ではない。有権者とは参政権という特権を持つ成人國民のことである。しかし情けないことに現在の日本国の有権者、とくに子ども手当てに釣られ民主党のマニフェスト詐欺に騙された有権者は、児童用尋常小学校修身書の第十五「國民の務(其の三)」を学ばなければならないのである。

 戦後日本の経済復興を成し遂げた偉大な日本人たちは、戦前に生まれ戦前の教育を受けた人々である。大日本帝國の修身教育に対する学者・教師・マスコミの的外れな誹謗中傷を木っ端微塵に粉砕する「修身」全資料集成は、歴史がおしえてくれる日本人の生き方と知恵の宝庫であり、現在の有権者に必要不可欠な道徳教科書である。
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2014年11月20日

「憲政の神様」尾崎行雄の帝国憲法擁護論

 ある特定政党が有権者を騙し衆参両院の単独過半数の議席を確保したら、それは、ほぼ合法的一党独裁の成立である(日本国憲法下の異常な権力集中現象参照)。続きを読む
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福島瑞穂の政治生命を抹殺する悪魔の憲法問答

 日本国憲法無効・帝國憲法復元改正論を支持する西田昌司参議院議員が占領憲法の正體が詳述する13の無効理由に拠り、左翼護憲派を代表する福島瑞穂国務大臣に次のように質問していたら、福島大臣はどのように応答しただろうか。

質問1 我が国では、一昔前に比べれば憲法改正議論が活発になってきたとはいえ、当分のあいだ憲法改正は実現しそうにない。それに苛ついた在日アメリカ軍が我が国の憲法改正問題に介入干渉する法的権限を持っていないにもかかわらず、アメリカの世界戦略のために、日本政府に憲法改正を要求してきた場合、これは国際法および国内法上、許される行為か?

<答え> A 許される B 許されない

質問2 憲法改正を渋る日本政府の態度に業を煮やした在日アメリカ軍が自ら憲法改正案を作成し、核兵器の使用と天皇陛下の処罰をちらつかせて我が国の総理大臣と外務大臣を恫喝し、日本政府に在日アメリカ軍製の憲法改正案の受諾を迫ってきた場合、これは国際法および国内法上、許される行為か?

<答え> A 許される B 許されない

質問3 在日アメリカ軍が日本政府にアメリカ軍製の憲法改正案を日本政府の憲法改正案として議会に提出させた場合、これは憲法の規定する憲法改正発議権の侵害にあたり、違憲行為ではないのか?

<答え> A 違憲行為ではない B 違憲行為である

質問4 違憲行為であるとして、これは法的に有効か?

<答え> A 有効である B 有効でない 

質問5 日本国憲法には「検閲はこれをしてはならない」とある。それにもかかわらず在日アメリカ軍が日本政府と結託して厳重なる検閲を実施し、在日アメリカ軍が軍事的恫喝をもって日本政府に憲法改正を強制していることを批判する日本国民を処罰し、さらに日本政府の憲法改正案が実は在日アメリカ軍製であることを完全に隠蔽した場合、これは国際法および国内法上、許される行為か?

<答え> A 許される B 許されない

質問6 日本国民から表現の自由と知る権利を剥奪する在日アメリカ軍の厳重な検閲の下で実施される憲法改正過程は、国民主権という原理原則に適合するか?

<答え> A 適合する B 適合しない

質問7 在日アメリカ軍の厳重な検閲の下で実施された憲法改正が、国民主権という原理原則に反するとして、これは法的に有効か

<答え> A 有効である B 有効でない


 反米左翼護憲派の福島瑞穂が以上の質問に対して一度でも<答え A>を選択すれば、それは在日アメリカ軍によって日本国憲法が蹂躙されることを許容し肯定することになり、福島の政治生命は終了する。

 従って福島は<答え B>を選択せざるを得ないが、それは福島瑞穂によって発せられる日本国憲法無効宣言であるから、福島の政治生命は終了する。

 悪魔の憲法問答は、福島瑞穂の政治生命を生贄に捧げ、左翼全体主義の天敵である大日本帝國憲法を召喚するのである!

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逆賊の憲法改正案に御用心!憲法の本質を示す憲法改正の手続き

 明治の自由民権運動を代表する交詢社系の憲法私案は、議会に対して憲法改正発議権を与えつつ、議会が天皇の勅許を得ることなく憲法中の皇権に関する条項を改正するための会議を開くことを禁じている。これが議会に対する交詢社系憲法私案の制約である。

 大日本帝國憲法は、議会に対して、天皇の勅命(憲法改正発議)によって議会に送付される憲法の或る条項の改正案の可否を決定する権を与えつつ、憲法改正発議権を天皇に専属させ、議会が憲法改正を発議することを禁じている。これが議会に対する帝國憲法の制約である。

 立憲政治とは憲法によって制約される政治である。立憲君主とは憲法によって制約される君主である。立憲議会制デモクラシーとは憲法によって制約される議会制デモクラシーである。憲法の役割が国家の最高法規として国家権力を適正に制限することであるならば、憲法は行政部門、司法部門、立法部門のうち、前二者より必ず優位に立つ立法部門すなわち議会を厳重に制限しなければならない。

 これが伊藤博文の座右の書「ザ・フェデラリスト」の思想である。「ザ・フェデラリスト」は人民の能力への不信感を率直に表明し、立法機関を厳重に制限し直接民主制を否定しなければならないことを力説する。

 憲法改正の手続き上の議会に対する交詢社系憲法私案の制約(天皇の勅許)と帝國憲法の制約(天皇の勅命)は、「ザ・フェデラリスト」の思想に合致するのみならず、尊皇護国思想を持つ日本人に起草された、日本の国体国柄にふさわしい制約である。

 この制約があるかぎり、国民世論が一時的に左傾化し、民主党のごとき反日左翼政党が有権者を騙して公選議院を制圧しても、この反日左翼政党は、帝國憲法の下では憲法中の天皇に関する規定を変更し、皇室自治や立憲君主制を廃止するための憲法改正を発議することはできない。それは交詢社系の憲法の下でも至難の業である。

 しかるに日本国憲法(マッカーサー占領軍憲法)の憲法改正手続きには、日本の左翼全体主義化を阻止する天皇の勅許(交詢社系憲法私案)や天皇の勅命(大日本帝國憲法)といった議会に対する制約が消去され、代わりに国民投票が盛り込まれている。続きを読む
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2014年11月17日

国民主権を否定する明治自由民権運動の憲法私案−日本国の左翼全体主義化を阻止する天皇の勅許と天皇の勅命

 憲法が皇室の自治を規定しても、国民の代表機関である議会が皇室の家父たる天皇を無視し、天皇の御許しを得ることなく、憲法中の皇室自治規定を変更するための憲法改正の発議を行えるとすれば、それは、皇室の自治を仮初めの自治、偽りの自治に貶め、皇室の尊厳を汚してしまう。

 のみならず、それは、民主党の中井洽が国会で秋篠宮文仁親王殿下に「早く座れよ!」と暴言を吐いたこと、あるいは自民党の小泉純一郎が皇室の伝統と皇族の御意見を一切無視し、皇室の家法たる皇室典範を改悪しようとして、苦悩の末これに反対された三笠宮寛仁親王殿下の御寿命を縮めてしまったことと同等以上に、皇室に対する傲慢不遜無礼不敬千万な振る舞いである。これがフランス暴力革命のイデオロギーたる「国民主権」の本質である。

 だから大日本帝國憲法は皇室の尊厳を護るために皇室の自治を明記し、且つこれを担保するために憲法から「国民主権」を排除している。明治の自由民権運動を代表する交詢社系の憲法私案も実は同様なのである。
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2014年11月15日

国民主権より古い日英のデモクラシーの起源を語る帝國憲法第三十條−明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 本来「唯一最高無限独立」あるいは「無制限の絶対権力」を意味する主権という概念は、フランス国内の邦建勢力と、フランス国外の神聖ローマ皇帝およびローマ教皇に対するフランス王の闘争を正当化するために、1576年に、神学者のジャン・ボーダンによって作られた概念であり、主意主義神学の神概念が世俗化されたものである。

 主意主義神学によれば、神は世界を超越しており、世界およびその法則は神の意志、神の恣意によって創られる。地上の主権者も法秩序を超越した存在であり、法秩序は主権者の意思、主権者の恣意によって創られるが、法秩序を超越する主権者自体はその秩序に拘束されない。神が奇蹟によって世界の法則を破るように、主権者も国家緊急権によって法を破ることができるというのである。

 要するに、主権は、唯一絶対の超越神を崇拝するユダヤ・キリスト教の世界観から16世紀のフランスに誕生した概念であり、ジャン・ボーダンはフランス王を唯一絶対の超越神に擬して君主主権論を提唱し、それから213年後の1789年に、ルソー信徒であった僧侶のシェイエスが君主主権論の「君主」を「国民」に置き換えたのである。それがシェイエスの「第三身分とは何か」が説く革命的制憲論の正体である。

 もちろん、いずれも法の支配とも立憲政治とも全く相容れない概念である。

 敗戦後の日本では、日本版フランス暴力革命を起したくてたまらない左翼系学者や、シェイエスの革命的制憲論を借りて国際法違反にして帝國憲法違反の日本国憲法の制定を正当化する違憲有効界の魑魅魍魎たちが、主権の由来と定義と沿革を説明しないまま、国民主権を美化しており、多くの日本国民は、デモクラシーがあたかも国民主権と一体不可分の関係にあるかのように錯覚している。

 しかし日英のデモクラシーの起源は、フランスの国民主権より、はるかに古いのである。国民に主の権があるとは余りに傲慢不遜な思想で、天主の怒りを招き、国家を破滅させるのみである。
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