2014年03月09日

「現人神と国家神道という幻想」 浄土真宗左派親鸞原理主義者は地獄に落ちるべし!

 我々日本国民は心の片隅にある「裁判官は公正中立清廉潔白にして博識である」という幻想を捨てて、政治家と官僚と同様に裁判官を批判し監視しなければならない。続きを読む
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左翼護憲派のアイドルのベアト・シロタの素性−知られざる日本占領「総司令部への左翼主義者への浸透状況」

 ダグラス・マッカーサーの片腕であったチャールズ・ウイロビー少将がオランダ代表レーリンク判事に「この東京裁判は有史このかた最悪の偽善であった」と語ったことは東京裁判にまつわる有名な逸話の一つである。しかし「ウイロビー回顧録知られざる日本占領」では彼は多分に自画自賛を兼ねて終始マッカーサーを礼賛し、大東亜戦争時および朝鮮戦争時のトルーマンのシビリアンコントロールを非難している。
 
 マッカーサー司令部はつぎのような見解を抱いていた。

 「日本は息絶え絶えである。日本の息を止めるには、通常兵器で十分である。戦争の最後の瞬間に、つまり日本の降伏のほんの一週間前に、ソ連が参戦することを許さねばならない理由はまったくない。アジアの広大な地域を共産主義家するためのお膳立てをしてやるなんて、とんでもないことだ」

 それにしてもなんとバカげたことだろう。日本の弱体であることが完全に暴露されていた以上、原爆を使用する正当性はなかったのである。それに、ある一国家がそれまで知られていなかった武器や絶対的威力を秘めた軍事技術を占有するといったことは、軍事史上稀なことである。もし、トルーマンが原爆を秘密にしつづけていたなら、今日における米国の政治的かつ軍事的な立場は難攻不落のものとなっていたことだろう。秘密を時期尚早に漏らした結果、生来の裏切り者、サボタージュをする市民等といった、現代政治を退廃させる忌まわしい要因となる連中を通じて、ソ連はスパイ行為を強化したのである。


 我が国に破滅的な損害をもたらした支那事変の長期化と原子爆弾の投下は、いずれも文民政治家が決定したことなのに、過去の反省の証としてバカの一つ覚えのようにシビリアンコントロールの確立を叫ぶ日本人は戦後民主主義洗脳狂育の被害者である。「ウイロビー回顧録知られざる日本占領」は良い覚醒剤になるだろう。続きを読む
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進歩的文化人−学者先生戦前戦後言質集から左翼護憲派のアイドル鈴木安蔵の八紘一宇論

 進歩的文化人―学者先生戦前戦後言質集(全貌社)は、 清水幾太郎、中村哲、吉野源三郎、羽仁説子、平野義太郎、末川博、前芝確三、今中次麿、戸沢鉄彦、堀真琴、鈴木安蔵、信夫清三郎、深尾須磨子、阿部知二、岩上順一、窪川鶴次郎、堀江邑一、柳田謙十郎、伊豆公夫、高倉テル、出隆、名和統一、淡徳三郎、岩村三千夫、宗像誠也、宮原誠一、矢川徳光、長田新、蜷川新、周郷博、国分一太郎、安井郁、内山完造、高良とみ、木村禧八郎、帆足計、西園寺公一、蜷川虎三、三枝博音、金親清、和田敏明、菅井準一、岡本清一ら、戦後日本の左翼陣営に属して、マルクスレーニン主義に基づく反戦反核反米反日親ソ親中親朝的言辞を弄した進歩的文化人の、戦時中の評論を集めた資料集である。

 彼等は皆、仰々しい美辞麗句を連ねて大東亜戦争の遂行を煽動正当化し、大政翼賛の近衛新体制運動を推進していたことが判る。戦争と共産主義と併せ読むと、彼等が尾崎秀実と同じくレーニンの敗戦革命論、コミンテルン28、35年テーゼに基づく「東亜新秩序」謀略構想を抱いていたことが丸見えである。

 日本が、戦時中、蒋介石と英米と卍巴に戦えば、ソ連と中共が漁夫の利を得、戦後自衛隊を撤廃し日米同盟を廃棄すれば、ソ連と中共、北鮮が、日本、台湾、韓国を武力侵略し、いずれにおいても東亜は赤化する。彼等の戦時中の好戦的言辞と戦後の反戦的言辞は、一見すると180度違うようでも、実はいずれも共産主義勢力の拡大を狙っていたのである。

 彼等進歩的痴識人は、戦後日本を歪めた戦後犯罪人であるばかりか大日本帝国を敗北へ導いた本物の国家犯罪人なのである。

 日教組が過去の過ちを直視せよ反省せよ、ナチスを否定する戦後ドイツを見習えと絶叫するならば、宮原誠一、宗像誠也の戦争責任、本来ポツダム宣言第6、10条に基づき処刑されるべき真A級戦犯たる彼等を日教組講師として抱えた道義的責任を継承履行し、日教組は、直ちに解散し、我が国の為すべき「過去の反省、歴史の教訓」とは具体的にどのような行動を指すのか、教師として身を以て、子供に模範を示してみよ!続きを読む
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2014年03月08日

反マスゴミ祭り4月28日終戦記念日に相応しい本−世界がさばく東京裁判

 東京裁判賛否国民投票実行委員会が次のように呼びかけた。

 4・28:東京裁判賛否国民投票

 1952年4月28日、日本が主権回復したその日に出版された『パール判事の日本無罪論』(田中正明著・小学館文庫)を、東京裁判否定の意思表明の「錦の御旗」にして、4月28日にインターネットは「アマゾン」、書店は「紀ノ国屋」をメインに予約(投票)を開始して下さい。

 インターネットユーザーと保守系団体が、一致団結すれば、パール博士の「その時こそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するだろう」との、予言を実現することが出来るのです。

 決行日は、2009年4月28日から1ヶ月間です。

 ポスティング用チラシなど、あらゆる国民層に告知できるように、自由に転載して下さい。

 戦後初のイベントですので、老若男女こぞって参加して頂けば、靖国神社参拝問題・ 「A級」戦犯合祀問題・ 村山談話・ 田母神空幕僚長更迭問題など、まとめて封じ込めることが出来るのです。歴史に刻まれる日本の分岐点になることでしょう。


 パール判事の日本無罪論より世界がさばく東京裁判の方がこのイベントに相応しいはずですが。続きを読む
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日本の皇室を侮辱する朝鮮人の精神を記録した金仁謙の日東壮遊歌

 朝鮮人は好んで日本人に「過去を直視せよ」と説教する。それではもし、第十代将軍徳川家治の襲職祝いのために来日した第十一次朝鮮通信使が事実上の朝貢の使者であったことを示す日東壮遊歌1764年2月27日の条の記述が日本の教科書に記載されたら、朝鮮人はどのような反応を示すのだろうか?また火病を起こし「日東壮遊歌−ハングルでつづる朝鮮通信使の記録は日帝の捏造文書だ」と喚くのだろうか。続きを読む
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靖国の神々の慟哭が怨霊の呪詛に変わる前に−今なぜ日本の神話なのか

 GHQ発禁図書「大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義」を読了した21世紀の日本人は、我が国において支那事変を拡大し、これを対米英戦争に発展させた者が朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実ら政府軍部および新聞雑誌社に潜入していたマルクス・レーニン主義者であったことを知るに至る。

 その上で「今なぜ日本の神話なのか―こんな素晴らしいものとは知らなかった日本の神話」を読むと胸が張り裂けそうになる。続きを読む
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本当は怖い日本国憲法の話−30年前の予言書が指摘する日本の危機

 1980年に刊行された「ソビエト帝国の崩壊」は、ソ連の崩壊から20年経った今日の日本においても、依然として日本の児童生徒学生が必ず読まなければならない警世の書である。

 レーニンの「国家と革命」がマルクスの詐術を指摘しているのに、日教組に代表される反日左翼勢力が跳梁跋扈し日本の子供の頭脳を破壊しているからである。続きを読む
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日本国憲法の追認と一億ことごとく道鏡の国民主権の肯定を戒める昭和天皇のおほみうた

 天皇の詠まれた御歌は御製という。天皇が御歌詠みし給うことは国事であり公示であって、御製には、公式の詔勅では表されない天皇の意志を伝えること、御言葉で表すことの出来ない微妙な御心懐を以心伝心に広く国民に伝播する霊妙な力を持つという。

 ゆえに公表された昭和天皇の869首の御製を収め、それぞれの背景を豊かなエピソードを交えて解説する「昭和天皇のおほみうた―御製に仰ぐご生涯」は最良の昭和天皇伝である。

 昭和生まれの人が「昭和天皇のおほみうた−御製に仰ぐご生涯」の冒頭に掲載されている皇居内の水田で稲を刈り取られる昭和天皇の御写真を見ると、脳裡の記憶から何ともいえない懐旧の情念が自然に湧き上がってくるに違いない。続きを読む
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田母神俊雄が本物の政治家になる日 本当の敗戦責任者は近衛文麿 痛快憲法学を批判する

 かねてより小室直樹氏は、ポツダム宣言の受諾が日本国の有条件降伏であったことを指摘し、日本国は無条件降伏したというデマを飛ばすマスコミを批判してきた。だから小室氏には、ポツダム宣言および戦時国際法を基準に占領憲法制定=帝国憲法改正の効力を論じてほしかった。続きを読む
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朝日新聞社の実像を暴く昭和十年代の陸軍と政治 軍部大臣現役武官制の虚像と実像 筒井清忠

 一九三六年に、二十数年ぶりに復活した軍部大臣現役武官制は現役軍人のみが陸軍大臣、海軍大臣に就任しうるという制度である。この制度の復活により、軍部は内閣の生殺与奪の権を握り、その後の政治を支配したというのが従来は昭和史の定説となってきた。

 しかし、この制度で陸軍が暴走し、日本は戦争への道を歩んだという歴史認識は果たして本当に正しいのだろうか。本書は、陸相のポストをめぐって陸軍と首相及び天皇が対立した全事例を精査し、昭和史の常識を覆す注目の書き下ろしである。続きを読む
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鳩頭を砕く閉鎖的な時代の日本の記録−ツュンベリーの江戸参府随行記

 ツンベルク日本紀行(駿南社刊異国叢書昭和三年初版)の訳者である山田珠樹氏は久しく泰西の図書に親しみ、欧州への旅を重ねられた結果、かえって古い日本を知りたいという欲求にかられ、日本の古い本を読まれたがどうしてもしっくりしなかった。それが1775年に来日したスウェーデン人(身分はオランダ使節の医官)ツュンベリーの旅行記を読んで、

 「初めて自分の血のなかに流れている、日本人の姿を掴むことが出来たような気がした。誠にお恥ずかしい話ながら、私はこれを読みながら、死んだ祖父にでもめぐり合ったような気がしてきて、思わず目頭が熱くなったこともある」という。続きを読む
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2014年03月07日

マスコミ煽動の餌食−欠陥国会議員が行う憲法改正の危険性−日本国憲法有効論の弊害3

 西修は著書日本国憲法を考える第八章−欠陥品としての第四章国会の結論として次のように述べている。

 以上、国会の国権の最高機関性、法律案の議決手続きにおける両院関係、そして両院の選挙制度に焦点しぼって検討してみた。とくに前二者については、発案者の思いちがいや、大統領と議会との関係を下敷きにしたボタンのかけちがいによることがあきらかになった。また選挙制度については、参議院の政党化にともなう致命的な問題点のあることがわかった。

 結論として、第四章国会は、いわば欠陥品といえる。その欠陥性を認識することなく、ひたすら護憲を唱えている国会議員は、さしずめ欠陥議員というべきか。

 しかし護憲派以外にも、この種の欠陥国会議員は頗る多い。

 参議院の廃止と一院制の実現を主張した自民党議員や、貴族院の役割とそれを支える貴族制度の存在を無視してイギリス庶民院の政党政治を猿真似しようとする民主党議員などは欠陥議員である。そして彼らを選び国会に送り込んでいる有権者は、さしずめ欠陥国民といえようか。

 それにもかかわらずルソーの主権論を吸収したシェイエスの制憲論を鵜呑みにして国民主権を捨てない占領憲法有効改憲派の西修は欠陥憲法学者であろう。

 西修は、日本国憲法が占領軍製であり多数の欠陥を抱えていることを熟知している。それなのに日本国憲法無効論とそれと一体である帝国憲法復元論を否定し、次の考え方がもっとも妥当だと思うのである。

 五十年以上のあいだに憲法規範と現実との乖離現象がきわめて顕著になってきた。それを修復するためには、憲法を全面的に見直すべきである。憲法見直しにあたっては、現行憲法の国民主権、平和主義および基本的人権の尊重という基本原理を遵守し、一方で世界の憲法トレンドを、他方で日本の独自性を斟酌していくべきであると考えている人たち。複眼的改憲論と呼び得ようか(日本国憲法を考える憲法論議のありようを考える)。

 西修は「日本国憲法を考える」のあとがきで次のように自問自答している。

 日本の憲法学界は病んでいるのではないか。そんな声をよくきく。私自身、これに反論する勇気をもたない。

 日本の憲法学界は重病どころか、ポツダム宣言違反、ハーグ陸戦法規違反、帝国憲法違反の日本国憲法の制定を有効とするために、歴史の偽造をほしいままに行う違憲有効論の魔界に変化(へんげ)している。
 
 だからそこに身を浸している西氏は「不愉快!くさいアカの憲法学」の虜になり、我が国が日本国憲法の改正手続きに従い憲法を改正する危険性に気付かずに日本国憲法の全面改正を主張するのである。

 日本国憲法第96条に拠り、欠陥国会が憲法改正の発議を行い、それを欠陥国民に提案して承認を求めるのは、国家の自爆行為ではないのか続きを読む
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法戦不能に陥る日本の悲劇 日本国憲法有効論の弊害2

 小山常実氏の主張「日本国憲法」無効論によれば、ポツダム宣言とバーンズ回答は、日本占領の場合に適用される特別法であり、特別法は一般法(ハーグ陸戦法規)に優先する原則があるという。しかし井上孚麿氏はこれを否定する。続きを読む
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「占領憲法の正体」新無効論−歴史を偽造する魑魅魍魎が跳梁跋扈する日本国憲法有効論の弊害1

 占領憲法有効論者は無効理由を隠蔽し法理を捻じ曲げるが、占領憲法無効論者は無効理由を列挙し、かつ凡ゆる有効論を粉砕することを常とする。南出喜久治弁護士の新無効論は従来の無効論に比べて更に凄みを増している。続きを読む
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日本陸軍英傑伝に見る文民優位の帝国憲法秩序−軍部の暴走史観のウソ

 読売新聞、東京日日新聞、河北新報を渡り歩いた新聞記者の岡田益吉(明治32年生、昭和57年歿)は日本陸軍英傑伝−小畑敏四郎(陸軍参謀本部第三部長)に第一次上海事変時の我が国の出兵手続きを簡潔に記している。

 鋭敏なる作戦家小畑が一世一代の知略を傾けたのは、昭和七年一月から起こった第一次上海事変を、作戦の絶妙をきわめて収拾せしめたことである。

 満州事変は、一月三日、懸案だった錦州を占領し、米国のスチムソン国務長官は、報復的に七日、有名な『満州国不承認宣言』を声明した。これがスチムソン・ドクトリンという米国一流の原則外交であった。

 その矢先に、国際都市上海に兵乱が起こり、日本居留民三万の生命財産が危険にさらされ、これを守る海軍陸戦隊は数千名なのに、蔡廷の支那軍は七万の大軍を擁していた。

 大角海相は、荒木(貞夫)陸相をたずねて、一個旅団でもいいから、上海に派兵してくれと懇請した。荒木陸相は事態の重大性をみてとり、就任したばかりであった参謀本部作戦課長今村均大佐を、上海現地に派遣することにして、かねて信頼していた小畑敏四郎大佐を、陸大教官から新作戦課長に抜擢した。

 このような非常時局には、統帥絶対の信念の下に、勇断、なにものも恐れない小畑を起用するほかなかった。小畑は、上海事件を、早急かつ安全に解決するのには、三個師団の兵力を派遣する必要あり、と意見を具申した。

 荒木は、さっそく閣議にはかったが、高橋是清蔵相が財政上の理由で、なかなかウンといわない。そこで、荒木が有名な『大福餅論』という軍談を一席やった。それはこうである。

「大福餅の容積は一定しているが、これを押し潰せば横に拡がる。しかもその容積は拡大したわけではない。戦争も拡大、不拡大というが、一個師団が小さな範囲で一年中戦争をしたのがいいか、地域を拡大しても一日ですむのがいいか、私は孫子のいう兵は拙速を聞くで、戦争というものは瞬時に片づけ、世界があっといっている間にすましてしまうほうが、外交上にも有利である。若干、兵力と地域を拡大しても、はやく兵火をおさめたほうがいい。チビチビ兵を出して成果が上がらぬほうが、財政上にも損である。」

 さすがに高橋さんも、三個師団出すことを承知してくれた。しかしダルマ蔵相は、「大丈夫、これで解決するね」と念を押した(日本陸軍英傑伝―将軍暁に死す248〜249ページ)。


 筆者が思うに、統帥権独立の原則下の陸軍大臣(海軍大臣)と参謀総長(軍令部総長)の関係は今日の法務大臣と検事総長の関係に似ている。国務大臣が総長を頂点とする組織の人事権を持つものの、総長は組織の政治的中立性を維持するために、政権と一定の距離を保ち、業務を遂行するのである。

 しかし検察庁の捜査と違い、参謀本部が立案する作戦計画の遂行には巨額の資金すなわち税金の支出が必要であるから、参謀本部と陸軍省は、国家の予算を管轄する大蔵大臣の同意を得なければ、軍備の増強と作戦の遂行を実現することができなかった。

 つまり帝国憲法の復元後に、統帥権独立の原則と軍部大臣現役武官制度が今日の日本に復活したとしても、政府財務省が国家予算案を編成し、帝国議会が国家予算案の可否を議決する限り、軍部に対する政府と議会の優位は揺るがないのである
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小林よしのりの欺瞞−天照大神は男系(父系)の女神

 皇室典範は皇位継承の法(ルール)であるから、当然のこととして神武天皇以降に自生的に形成された皇位継承に関する慣習に拠っている。皇祖神である天照大神が女神であることは皇位継承のルールと無関係である。

 だから女系天皇を容認する根拠として天照大神が女神であることを持ち出した田中卓や小林よしのりは、皇位継承の慣習を知らないのか、井上毅の皇室典範義解を読んだことがないのではないのか。筆者はそのように漠然と考えていたら、何と帝国憲法擁護派の憲法学者である小森義峯教授も「正統憲法復元改正への道標」に同じことを書いているのだから、事態は深刻である。

 井上毅をはじめ、旧皇室典範の成立に携わった者は頻りに「男系が古来の伝統」と主張するが、皇祖天照大神は、記紀によれば、女性(女神)なのだから、日本の皇室は、その原点において、すでに「女系」であることを忘れてはならない(正統憲法復元改正への道標103〜104ページ)。

 もし女神の天照大神が、人間の男と契りを結んだ女神の子でありながら、人間ではなく天津神になったというなら、天照大神は女系(母系)の女神だといえるだろう。しかし天照大神は男神の伊弉諾尊の汚れた左眼から誕生したのだから男系(父系)の女神である。

日本書紀−黄泉の国

 その後、伊弉諾尊(いざなきのみこと)は伊弉冉尊(いざなみのみこと)を追いかけて、黄泉の国まで行って話し合われた。そのとき伊弉冉尊がいわれるのに

「わが夫の尊よ、いらっしゃるのがなんとも遅すぎました。私はもう黄泉の国の食物を食べてしまいました。そして私はもう寝ようとするところです。どうか寝姿を見ないで下さい」と。

 伊弉諾尊は聞き入れられないで、こっそりと爪櫛をとってその端の太い歯を欠き、手灯として見ると、膿が流れ、うじが湧いていた(中略)。

 このとき伊弉諾尊は大いに驚いていわれるのに、「私は思いがけぬひどい汚い国にやってきた」といって急いで逃げて帰られた(中略)。

 伊弉諾尊が帰られて悔いていわれるのに、「私はさきにひどく汚い所に行ってきた。だから私の体の汚れたところを洗い流そう」と出かけて、筑紫の日向の川の落ち口の、橘の檍原に行かれて、禊ぎはらいをされた(中略)。

 それから後、左の眼を洗われると、お生まれになった神を、天照大神(あまてらすおおみかみ)という。また右の眼を洗われると、お生まれになった神を、名付けて月読尊(つくよみのみこと)という。また鼻を洗われるとお生まれになった神を、名づけて素戔嗚尊(すさのおのみこと)という。みなで三柱の神である。

 伊弉諾尊が三柱の子に、任命されていわれるのに、

「天照大神は高天原を治めなさい。月読尊は青海原の潮流を治めなさい。素戔嗚尊は天下を治めなさい」と。

 このとき素戔嗚尊は年も長け、長い髭が伸びていた。けれども、天下を治められなくて、いつも泣き恨んでおられた。そこで伊弉諾尊が尋ねていわれるのに、

「お前はなぜいつもこんなに泣いているのか」と。

(素戔嗚尊が)答えていわれるのに、

「私は母について根の国に行きたいと思ってただ泣くのです」と。

 伊弉諾尊はにくんでいわれるのに、「望み通りしないさい」といって追いやられた(日本書紀(上)全現代語訳30ページ)。


 さらに女神の天照大神が人間の男性と契りを結び男の子を生んだが、その男の子はやはり人間ではなく天津神になったというなら、その男の子は女系(母系)の男神であろう。しかし天照大神の子になった正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊は男神の素戔嗚尊が生んだのだから、男系(父系)の男神である。

日本書紀−素戔嗚尊の誓約

 ここで素戔嗚尊が申し上げられた。

「私は今ご命令に従って、根の国に参ろうとします。そこで高天原に参って、姉にお目にかかり、お別れをしていきたいと思います」と。

 伊弉諾尊は「よかろう」と仰せられたので天に昇られた(中略)。はじめ素戔嗚尊が天に昇られる時、大海もとどろき渡り、山岳も鳴りひびいた。これはその性質が猛々しいからである。

 天照大神は、もとからその神の荒くよからぬことをご存知で、やってくる様子をごらんになると、顔色を変えて驚かれ、「わが弟がやってくるのは、きっと善い心ではないだろう。思うにきっと国を奪おうとする志があるのだろう。父母はそれぞれのこどもたちに命じてそれぞれの境を設けられた。何で自分の行くべき国を棄てておいて、わざわざこんな所に来るのか」といわれ、髪を結い上げてみずらとし、裾をからげて袴とし、大きな玉を沢山緒に貫いたものを、髪や腕に巻きつけ、背には矢入れ、腕には、立派な高鞆をつけ、弓弭を振り立て、剣の柄を握りしめ、地面をも踏みぬいて、土を雪のように踏み散らし、勇猛な振舞いと厳しい言葉で、素戔嗚尊を激しく詰問された。

 素戔嗚尊が答えていわれるのに、

「私ははじめから汚い心はありませぬ。ただすでに父母の厳命があって、まっすぐ根の国に行くつもりです。ただ姉上にお目にかかりたかっただけです。それに雲霧を踏み分けて、遠くからやってきました。思いがけないことです。姉上の厳しいお顔にお会いするとは」と。

 すると天照大神がまた尋ねられ、

「もしそれなら、お前の赤い心を何で証明するのか」と。

(素戔嗚尊が)答えていわれる。

「どうか姉上と共に誓約しましょう。誓約の中に必ず子を生むことを入れましょう。もし私の生んだ子が女だったら、汚い心があると思って下さい。もし男だったら清い心があるとして下さい」と。

 そこで天照大神は、素戔嗚尊の十握の剣を借りて三つに折って、天の真名井で振りすすいで、カリカリと噛んで吹き出し、そのこまかい霧から生まれ出た神を名づけて田心姫(たこりひめ)といった。次に湍津姫(たぎつひめ)。次に市杵嶋姫(いつきしまひめ)。皆で三柱の神である。

 素戔嗚尊は天照大神がみずらと腕に巻いておられた八坂瓊の五百箇の御統(みすまる)を乞われて、天の真名井で振りすすぎ、カリカリ噛んで噴き出し、そのこまかい霧から生まれた神を、名づけて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)という(中略)。皆で五柱の男神である。

 このとき天照大神がおっしゃるに、

「その元を尋ねれば、八坂瓊の五百箇の御統は私の物である。だからこの五柱の神は全部私の子である」と。

(天照大神が)そこで引き取って養われた。またいわれるのに、

「その十握の剣は、素戔嗚尊のものである。だからこの三柱の神はことごとくお前の子である」と。

 そして素戔嗚尊に授けられた。これが筑紫の胸肩君らがまつる神である(日本書紀(上)全現代語訳36ページ)。


 天照大神は、弟の素戔嗚尊が生んだ五柱の男神を引き取り自分の養子として育てたのであって、天照大神の子となった正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の実父は、男神の素戔嗚尊なのである。このことは「素戔嗚尊の誓約」の一書(第三)と「天の岩屋」の一書(第三)によってより鮮明にされている。

(素戔嗚尊の誓約の)一書(第三)にいう。日神が素戔嗚尊と、天安河を隔てて、向かい合って誓約していわれるのに、

「お前がもし悪い心がないならば、お前の生む子はきっと男性だろう。もし男を生んだら私の子どもとして、高天原を治めさせようと」と(中略)。

 さて素戔嗚尊がその左のもとどりにまかれた五百箇の統(みすまる)の瓊(たま)を口に含んで、左の掌の中において、男神を生まれた。そして口上をいって、

「今こそ私が勝ちました」と。

 そこでこの言葉によって名づけて勝速日天忍穂耳尊という(中略)。そのように素戔嗚尊の生んだ子は皆男神である。それで日神は、素戔嗚尊がはじめから赤き心であることを理解されて、その六柱の男神をとって、日神の子として高天原を治めさせた(日本書紀上巻39ページ)。


(天の岩屋の)一書(第三)にいう(中略)。日神がいわれるのに、

「わが弟のやってくるわけは、また良い心からではなかろう。きっとわが国を奪おうというのだろう。私は女であっても、逃げ隠れせぬから」と。

 そして身に武備を装い−云々と。そこで素戔嗚尊は誓約していわれるのに、「私がもし良くない心で上がってくるのだったら、私がいま玉を噛んで生む子はきっと女でしょう。そうだったら、女を葦原中国に降ろして下さい。もし清い心だったら、きっと男の子でしょう。そうだったら、男に天上を治めさせて下さい。また姉が生まれた子も、同じ誓約に従いましょう」と(中略)。

 素戔嗚尊は、ぐるぐると、その左のもとどりにまいていた、五百箇の統の瓊(沢山の玉を緒に通したもの)の緒を解いて、玉の音をじゃらじゃらと、天の渟名井ですすぎ洗い、その玉の端を噛んで左の掌において、生まれた子が、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊である(中略)。

 ここで素戔嗚尊は、日神に申し上げられるのに、

「私がまたやってきましたのは、神々が私の根の国行きを決めたので、今から行こうとするのです。もし姉にお目にかからなかったら、こらえ別れることもできないでしょう。本当に清い心をもってまた参上したのです。もうお目にかかる最後です。神々のみ心のままに、今から永く根の国に参ります。どうか姉君、天上界を治められて、平安であられますよう。また私が清い心で生んだ子どもを、姉上に奉ります」と。

 そして帰っていかれた(日本書紀(上)全現代語訳46ページ)。


 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の名前(古事記では正勝吾勝勝速日天忍穂耳尊)には、素戔嗚尊が自分に汚い心がない証として誓約どおりに男子(天忍穂耳尊以下五神ないし六神)を生んだ際に、天照大神に対して叫んだ勝利宣言「正しく勝ったぞ、吾(われ)が勝ったぞ、速く勝ったぞ!」が刻まれているのである

 そして正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊が高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘の栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)を娶り、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこににぎのみこと)を生み、高天原から日向の高千穂に降臨した瓊瓊杵尊の曾孫が神武天皇だから、実の皇祖神は男神の素戔嗚尊なのである。

【現皇室の神話上の先祖】

今上天皇⇒(中略)⇒神武天皇(かむやまといわれびこのみこと)⇒ウガヤフキアエズノミコト⇒彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと、山幸彦)⇒天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこににぎのみこと、天孫降臨神)⇒正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)⇒素戔嗚尊(実父)と天照大神(養母)⇒伊弉諾尊(いざなきのみこと)

 だから日本の皇室は、その原点において、すでに「男系」なのである。日本書紀の神話に拠る以上の論理展開が荒唐無稽でナンセンスならば、田中卓、小林よしのり、小森義峯の主張は、もっと荒唐無稽でナンセンスであり、かつ卑劣である。

 彼らは日本の神話に拠りながら、父系女神の天照大神が皇祖神である所以すなわち素戔嗚尊が天照大神と交わした誓約(うけい)を読者に紹介しないからである

 それは、筆者をはじめ戦後生まれの日本人が日本の神話と古代史に疎くなっていることに付け込む悪質な印象操作−旧宮家が明治天皇と昭和天皇の御子孫にあたることを小泉純一郎の有識者会議が隠蔽したことと同じ虚報の詐術であると言わずして何というのか。
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小沢民主党の一党独裁を許さない君主の拒否権−大日本帝国憲法と交詢社の私考憲法草案との比較

 明治の自由民権運動を代表する交詢社の私考憲法草案はイギリス直系らしく立法権の所属先を明示してない。

第二条 皇帝は左右両院において議決せる日本政府の歳出入租税国債諸般の法律を批准す
(第三条 日本政府の歳出入租税国債及諸般の法律は元老院国会院において之を議決し天皇の批准を得て始めて法律の効あり)


 しかし第二条註解は次のように解説する。

 凡(すべ)て治国に係わるの事は尽(ことごと)く皇帝陛下の行わせたまう所なるを以て両院において議決する所のものは皇帝陛下の批准を経るにあらざれば法律たるの効なきものとす英国憲法の如き亦然り。

 交詢社の私考憲法草案も帝国憲法と同様に議会に対する天皇の拒否権(べトー)を認めるのである。

【伊藤博文の帝国憲法義解第六条解説】

 第六条 天皇は法律を裁可し其の公布及執行を命ず

 恭て按するに、法律を裁可し式に依り公布せしめ及び執行の処分を宣命す。裁可は以て立法の事を完結し公布は以て臣民遵行の効力を生ず。此れ皆至尊の大権なり。裁可の権既に至尊に属するときは其の裁可せざるの権は之に従うこと言わずして知るべきなり。裁可は天皇の立法に於ける大権の発動する所なり。故に議会の協賛を経と雖も裁可なければ法律を成さず。

 蓋し古言に法を訓みて宣となす。播磨風土記云。「大法山 今名勝部岡 品太天皇応神天皇於此山宣大法故曰大法山」と。言語は古伝遺俗を徴明するの一大資料たり。而して法律は即ち王言なることは古人既に一定の釈義ありて謬らざりしなり。
 
(附記)之を欧州に参考するに、君主法案の成議を拒むの権を論ずる者其の説一に非ず。英国に於ては此れを以て君主の立法権に属し三体(君主及上院下院を云う)平衡の兆証とし仏国の学者は此れを以て行政の立法に対する節制の権とす。

 抑々彼の所謂拒否の権は消極を以て主義とし法を立つる者は議会にして之を拒否する者は君主たり。此れ或は君主の大権を以て行政の一偏に限局し(フランス)或は君主をして立法の一部分を占領せしむる(イギリス)の論理に出る者に過ぎず。

 我が憲法は法律は必ず王命に由るの積極主義を取る者なり。故に裁可に依て始めて法律を成す。夫れ唯(ただ)王命に由る故に従て裁可せざるの権あり此れ彼の拒否の権と其の跡相似以て其の実は霄壌(しょうぞう)の別(空と地ほどの差異)ある者なり。

 播磨風土記、「大法山(おおのりやま)今の名は部の岡勝、品太(ほむだ)の天皇(すめらみこと)、この山に大法(おおのり)を宣(の)り給いき。故(かれ)、大法山という。」


 交詢社の私考憲法草案の規定する天皇の拒否権はイギリス直系であるのに対して、帝国憲法の規定する天皇の拒否権は応神天皇の故事より復元した「法律王命主義」に則しており、私考憲法草案より日本的に改良されたものといえよう。

 天皇は帝国議会衆貴両院の協賛(過半数の同意)をもって立法権を行使するがゆえに、帝国議会の否決に遭えば法律を制定できない(第5条、第37条)。帝国議会は法案を可決し天皇の裁可を経て法律を制定できるが故に、天皇の拒否権に遭えば法律を制定できない(第5条、第6条、第37条、第38条)。これが国家元首たる君主と立法機関たる議会との間に生じる権力の相互抑制効果であり、権力の均衡状態である。

 帝国憲法の下では公選議院が、大政翼賛会に譬えられる小沢民主党のごとき反日左翼的政党に制圧されたとしても、一党独裁政治は成立しないのである。
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東京書籍のウソをあばく−明治の自由民権運動を代表する交詢社系の憲法論

 東京書籍中学校教科書(平成9〜12年度版、採択率41.1%)に掲載されたコラム「新憲法の誕生」は次のように述べる。

「GHQが政府に憲法の改正を命じると、各政党や民間でも多くの憲法草案がつくられました。そのうち、憲法研究会がつくった草案は、国民主権や基本的人権の尊重の考え方にもとづく画期的なものでした。この会には、憲法学者や自由民権運動の研究者がいて、一八八〇年代、大日本帝国憲法がつくられる前に民間でつくられた、さまざまな憲法草案を参考にし、その精神が受け継がれたからです。そしてその草案はGHQに提出されました。

 政府の憲法改正案は、大日本帝国憲法の字句修正にすぎなかったため、GHQは、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重を三つの柱とする案を示しました。それは、形のうえでは日本政府に押し付けられたといえますが、内容の点では、明治時代の自由民権運動以来、国民が望んでいたものがようやく実現したといえるものでした。事実、日本国憲法制定後、国民の圧倒的多数はそれを支持してきました」

 我が国の左翼勢力が称揚する憲法研究会の中心人物にして自由民権運動の研究者であった鈴木安蔵は、「一八八〇年代、大日本帝国憲法がつくられる前に民間でつくられた、さまざまな憲法草案」のうち最も代表的な憲法草案を「憲法制定とロエスレル」(99〜135ページ)に掲載している。それを以下に引用する。続きを読む
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左翼リベラル護憲派のアイドル鈴木安蔵の旧著「憲法制定とロエスレル」−帝国憲法下の信教の自由と賀川豊彦

 帝国憲法は我が国の政治の最高規範であり国民が永遠に遵奉すべき不滅の根本法である。しからば帝国憲法は如何なる根本精神をもって、如何なる経緯を経て起草・発布されたのであろうか。

 近来帝国憲法の制定過程に関する研究は漸次精緻を加え来たったのであるが、かかる研究自体の重要性に比すれば、その研究成果はなお極めて微小なりとせねばならぬ。憲法起草の社会的政治的根拠・背景、その起草前史の諸準備・先行諸事情についての分析においても我が憲法史学界は漸く学的研究の緒についたのみであり、憲法起草着手後の内的経緯については、殆どなお未開拓の感がある。

 私はこれら一切の事情、経緯を明らかにすることは、日本憲法史そのものの闡明のために不可欠であり、また憲法の正しき解釈の上に必要なるのみならず、起草関係者の苦心精励の跡を辿り、その刻苦献身の業績を顧みることは、我が帝国憲法制定が如何に周到にして綿密なる努力、注意、準備をもってなされたものであるか、関係者が如何に国家永遠の運命を慮って調査・研究に万遺憾なきを期したかを国民に知らしむるために極めて有益であって、かくしてまた欽定憲法の権威益々深く国民の胸裡に根ざすにいたるべきを確信する。


 以上の文章は、憲法制定とロエスレル―日本憲法諸原案の起草経緯と其の根本精神(鈴木安蔵著/東洋経済新報社出版1942年1月初版発行)の冒頭に著者の鈴木自身が記した序文である。

 尾崎秀実を反戦平和運動家として美化する左翼勢力の歴史偽造活動は、尾崎自身の戦時評論によって粉砕される。鈴木安蔵を日本国憲法の父として称揚し、日本国憲法を美化するために帝国憲法を中傷する左翼勢力の歴史偽造活動と護憲運動は、鈴木安蔵が「憲法制定とロエスレル」に掲載した憲法資料と鈴木自身の帝国憲法論によって粉砕される。

 だから第一次資料集や我が国の敗戦前に出版された書籍は面白くて堪らないのである。続きを読む
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転々と変わる占領憲法解釈−非常識なインチキ法学者の長尾一紘と園部逸夫

 外国人への地方参政権付与は合憲としてきた長尾一紘(かずひろ)・中央大教授が従来の考えを改めて「違憲だ」と明言した。産経新聞紙上での主なやりとりは次の通りである。

産経−地方参政権を認める参政権の部分的許容説に対する今のスタンスは

長尾「過去の許容説を変更して、現在は禁止説の立場を取っている。変える決心がついたのは昨年末だ」


 西村真悟氏はいう。

「社会党は憲法第九条の解釈として自衛隊違憲を主張してきました。そして昨年、党首を総理大臣にしてもらうやいなや、自衛隊は違憲ではない、つまり合憲であると正反対の解釈に転換しました。このように社会党は一つの条文に正反対の解釈が可能であることを自ら実証してみせたのです。
 しかし正反対の解釈が可能な法など法としての機能を果たすことはできません。護憲の社会党は、国民の前で自ら憲法第九条の法としての権威を奪ったのです」(亡国か再生か―自虐50年の戦後日本から脱却する147ページ)

 司法試験委員を務めたという長尾が自ら日本国内に広めた部分許容説を放棄し禁止説に転向したことは、占領憲法第15条および第93条から法の権威を失墜させたのである続きを読む
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